【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_024
ぱんっ、と乾いた音が鳴る。
マリュースが羽虫を潰すように手を閉じると同時に、連動した『神の手』もその包囲を完成させた。
空間そのものを捻じ曲げて作られた、質量を持つ物質全てが原理的に脱出不能の檻。
その中に、しかし、羊角の少年の姿はない。
「なっ!?アイツはどこに……」
マリュースは慌てて周囲を見渡すが、どこにも羊角の少年の姿はない。
では、四方を『手』に囲まれて、あえて敗北しようとしていた少年がどこにいるか?
当然、上だ。
漆黒の翼で飛び立ち『手』の包囲を逃れた少年は、手にした剣を突き出したまま急降下する。
「うおっ!?」
マリュースは当たるはずのない剣だと分かっていたが、咄嗟に腕で顔を庇う。
それが功を奏してか、『判定』による敗北にはならなかった。
「オマエ、その翼は……!」
「これは俺の『未解明』の力の一端だ。そして、悪いがマリュース」
ローラッドは『手』に阻まれた剣を圧縮された『空間』から引き抜いて言う。
「もう負けるわけにはいかなくなった」
「チッ……ナメてんじゃ、ねえぞっ!」
マリュースは吠え、『手』を振るう。
だが、すでに離脱していた羊角の少年を捉えることはできない。
背後へ宙返りし、着地したローラッドは剣を構え直す。
「来いよ。次こそ決着だ」
「仕切ってんじゃねえ!でもまあ……」
マリュースは両手を広げ、口を裂くように笑った。
「いいねいいねェ!よく分かんねえが、オマエの『未解明』、なかなか楽しめそうじゃねえか!」
『特異零番』と呼ばれた不良少年の両手の周囲で空間が歪んでいく。
数秒もしないうちに空間は『加工』されて形を変え、不可視の『大剣』が発生した。
その数、10。
「頼むからちゃんと避けてくれよ。でないと、グチャグチャのミンチ肉になっちまうからなァ!!!」
「もちろん、そのつもりだ」
物体に『空間』を割り込ませ、抵抗不能の力で引き裂く『大剣』が振り下ろされる。
その直前、羊角の少年の身体から放出された桃色の瘴気が『決闘場』へ一気に満ちた。
ーーーーーー
「あっ、あの『へんなにおい』のやつ……!」
『決闘』を観戦していたファレニアは、ローラッドから噴き出した桃色の瘴気を見て慌てて手で口と鼻を覆った。
「アルゴノート氏、鼻と口を覆って!ガスを吸わないようにしてください!!」
以前正門前で起きた『騒ぎ』のことを聞いていたアンナ教官もまた、テル・アルゴノートを退避させようと駆け寄った。
しかし、当の本人が片手でそれを制した。
「大丈夫。ここでもう少し見させてくれないか」
「し、しかし……」
「いまいいところなんだ」
テルは鼻と口を取り出したハンカチで覆いながら、しかし覆い隠しきれない笑みを浮かべた。
桃色の瘴気はすっかり『決闘場』を覆ってしまい、2人の姿はロクに見えない。
時折マリュースの振るった『大剣』が瘴気の壁を切り裂いた瞬間だけ土が見える程度。
しかしテルは、羊角の少年はまだ斬られていないと確信していた。
なぜなら彼は見ていたのだ。
桃色の瘴気の中でひときわ輝く、紅い輝きを。
何よりも魅力的なそれは男を掻き立て、手招きしているようにすら感じられた。
「いいぞ、いいぞ……!」
甘い瘴気を少し吸い込んでしまうのも構わずに、テル・アルゴノートはひとり呟く。
「ローラッド君、やっぱり君は見込み通りの『希少価値』だ!」
その目に宿るのは、いつだって男を前へと進めてきた執念だった。
ーーーーーー
「こんなもん、オレには効かねえぞっ!!!」
満ち満ちる桃色の瘴気の中で、マリュースはいらだちを隠さずに叫ぶ。
「目くらましなんかしやがって!!片腕とか斬り落としちまっても文句言うんじゃねえぞ!!!」
彼の叫びは、ローラッドの狙いの半分を言い当てていた。
『気薫赤熱』を使った理由は、『大剣』の狙いをずらすため。
そしてもう一つの理由は、羊角の少年自身の視界を奪うことだ。
(右からっ!)
ローラッドは『感度自在』で強化した脚力で跳躍し、不可視の『大剣』の横薙ぎを避ける。
続く第二、第三の剣筋も、不可視のままに避けて再びマリュースとの距離を詰めていく。
「クソッ!当たらねえ!?」
マリュースが振り回す不可視の『大剣』は文字通り、見てから避けることはできない。
だから、普通避けられるはずがないのに。
いらだつ不良少年の思考に、そもそもの勘違いがある。
実際のところ、ローラッドは不可視の『大剣』を見ているのではない。
『大剣』が押しのけた桃色の瘴気を見ているのだ。
(まあ、あんたには教えてやらねえけど)
心の中で呟きつつ桃色の瘴気の中を疾走し、ついにローラッドはマリュースの眼前へと躍り出た。
翼の羽ばたきが瘴気を吹き飛ばし、2人の少年と『観客』の視野が一気に回復する。
「なん、で……」
うめくマリュースはすでに、ローラッドの身体を『手』で掴む寸前だった。
『特異零番』としての戦闘経験が、直感的に羊角の少年の接近を感知していたのだ。
だが、そこで動きが停止している。
「あんたの『神の手』、厄介な能力だ。どれだけチャンスを作っても、『空間』を圧縮して作ったバリアがあんたを守っている以上、普通の攻撃はまず通らないんだからな」
一方で、ローラッドは屈辱を受けたように表情を歪ませている不良少年に剣を突きつけていた。
もちろん、その切っ先はマリュースの眉間に届かない。
だが、怒りを燃やす不良少年の目を、羊の瞳は真正面から睨みつけていた。
「だけど、光はそのバリアを通り抜ける。前に、エルミーナがやってみせたようにな」
「ぐっ……!」
「俺の目を見れてしまったあんたの負けだ、マリュース」
羊角の少年は、『命令』する。
「『夢幻夜行』、マリュース。明日の夜明けまで寝てろ」
直後、ばたり、と不良少年が倒れた。
決着。
待ち構えていたかのように、貴族の男の乾いた拍手が鳴った。
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