【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_020
蜘蛛たちの巣穴から出てくると、外はすっかり真っ暗になっていた。
「ではまたね。リリスの仔」
「あんたその状態でも喋れるのか」
「ええ」
白銀の蜘蛛糸で編み上げられた人形がカサカサと身体を揺らす。
どうやら笑っているらしい。
「この仔たちはおりこうなの。最近は『精霊界』の言葉も覚えたわ。上手でしょう」
そして、その喉でプルプルと黒い塊が蠢くのが見えた。
どうやら人形を内部で動かす仔蜘蛛が身体を揺らしたり、擦り合わせて『声』を出しているようだ。
「もしかしてこの人形を外に出したりしてた?」
「ええ、そうよ。こっちの人たちとお話してみたくて、この仔たちに言葉を練習してもらったのですもの」
楽しそうに『精霊界』の言葉を話し、微笑むアラクネの『人形』。
羊角の少年には、洞窟から出られるのかすら分からないほどの巨体を持つ『魔物』である彼女が目撃されたにもかかわらず、テルから『人語を話す』ことにしか言及されていないのがずっと不思議だったが、ようやく合点がいった。
つまり目撃された『人語を話す魔物』とは、この『人形』だったのだ。
「この人形もしばらくは外に出しちゃダメだぞ」
「わかったわ」
ローラッドの忠告に素直にうなずく『人形』。
細かい所作は人間のようだが、白銀の身体の内側に蜘蛛が蠢くその外見はやはりどうしようもなく『魔物』だ。
「それと、外に手紙を書くのもダメだ」
「ご心配なく。この仔たち、文字は書けないの。でも手紙も面白そう。仔どもたちと練習しておこうかしら」
蜘蛛の女王は納得してくれたようで、ローラッドは(余計な入れ知恵をしてしまったことを考えないようにして)ホッとした。
(糸のことがテルにバレたら絶対ロクなことにならんからな)
心中呟きつつ、少年は彼女に貰ったマップの手触りを思い出す。
彼女が手紙を使おうとすれば、必然的にマップと同じく糸で織ったものを使うことになるだろう。
だがそれは、彼女とその住処が『資産』として優れていることを雄弁に語る証拠となる。
攻撃的な蜘蛛だらけのダンジョンも、その全部が絹のような上質な糸で覆われていて、しかもそれを織ることができる『女王蜘蛛』に人語が通じるなんて知られたらあっという間に制圧され『収穫』の対象にされてしまうだろう。
あるいは実行されていないだけで、もう考えてはいるかもしれないが。
「じゃあ行くけど、本当に引っ込んでおけよ。でないと非常に厄介なやつを呼び寄せちまうかもしれない」
「ご忠告ありがとう、リリスの仔。あの女と違って、あなたは優しそうね」
「……俺は俺の目的のためにやってるだけだ」
ぶっきらぼうに言う少年をくすくす笑いつつ、アラクネの『人形』はぎこちない動きで手を振った。
「どうせ退屈しているの、困り事があればこの母を頼ってちょうだいな」
「そうかよ。じゃあ、前向きに検討しておく」
羊角の少年はばさりと翼を広げ、夜闇へ飛び立つ。
「よし、あと1つは行けそう……おっと」
目立たないように低空で飛行していたローラッドの意識が一瞬途切れ、その身体が一瞬落下する。
「ご主人、これ以上は無理だ。いったん休もう」
影の中から囁く使い魔の忠告に、羊角の少年は首を振る。
「どうせあのバカ兄妹もダンジョン攻略を進めてるんだ。『魔界』と『精霊界』の開通のリスクを潰そうと言ったって、オレらが回れない分はどうしてもでてくる。あいつらが攻略するダンジョンを2つ減らしただけでもよくやった方って言えるだろ」
「そうだけど」
「けど、なんだ?何が不満なんだよ」
「テルが攻略を指示したダンジョンは4つ。過半数は取らないと、『猟犬の洞』を含めてもバカ兄妹との競争に勝てない」
「そんなことだろうと思ったぜ」
月光が生み出す暗闇の中からブラッディのため息が聞こえる。
「負けたらマリュースを褒めたたえろってやつだろ。その勝負、冷静に考えれば何も賭かってないも同然じゃないか。貴族の野郎も絡んできて色々滅茶苦茶になってるんだし、寝不足で死にかけてまで勝ちにいくものでもないだろ。淫魔の息子が寝不足で墜落死とか、笑えねえぞ」
「……」
「それとも何か?あの金ぴか女の、家の名前を広められる~とかいう『妄言』に付き合ってやるつもりなのかよ」
「……俺は別にエルミーナの家の事情はどうでもいい」
ローラッドはどす黒いクマがこびりついた目をこすりながら、ぽつりと言う。
「ただでさえイライラしてんのに、あんなバカどもに負けて煽られたくないだけだ」
「お~魔族っぽい。けどひとつ言わせてもらうぞ」
「うわっ!?」
言いつつ、突如影から飛び出して『実体化』した使い魔は羊角の少年の首に腕を回し、ぶら下がるようにしてその顔を睨みつけた。
「お、落ちるって!マジで!」
「そうだな。テメェが無理してブサイクに羽ばたかせているその翼でしくじったら、オレも一緒の運命をたどる羽目になる。そういう『契約』なんだよこっちは。死にたくなければとっとと降りて適当な木陰で寝ろ。殺すぞ」
「わ、わかった!わかったから引っ込めよ!」
主人が降参したのを確認し、使い魔は満足げに影の中へと帰った。
また同じことをされたら今度こそ墜落すると感じたローラッドは、仕方なく目に入った適当な大木の根元に降り立った。
「おっ、ちゃんと降りたか」
着地するや否や、見計らったようなタイミングで使い魔が再度影から出てきた。
「ちょうどいい場所じゃねえか。ほら、あっちの根っこのところなんか丁度いい感じのくぼみになってる」
「なあ、本当に寝ないとダメか?」
「昨日の夜から徹夜で飛び回って走り回って無事だと思うならすでにおかしくなってるから、オレが直々に『寝かせて』やろうか?貧血になりゃ『気絶するように』眠れるらしいぞ」
「……仮眠だからな」
ついに根負けした少年は大木の根に座り、身体を預けた。
すると、一瞬で襲いかかってきた睡魔がまぶたを強制的に閉じ始める。
「見張りはオレに任せろ。そのための使い魔なんだからな」
ローラッドは目を閉じ切る前に、珍しく笑ったブラッディの顔を見た。
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