【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_019
~蜘蛛がイヤで読んでいない人向けの、前回のあらすじ~
あまりに薄着なブラッディに服を着せつつ蜘蛛がひしめくダンジョンに入ったローラッドたち。
何故かアグレッシブに飛び掛かってくる蜘蛛たちを蹴散らしつつ、ローラッドたちはダンジョンの最奥までたどり着いたのだった!
今回はあんまりリアル蜘蛛はいないので、読んでもらって大丈夫だと思います。
「ここか」
眷族となった蜘蛛たちに糸で道を作らせてショートカットなどしつつ、ローラッドたちはあたり一面が真っ白な空間に踏み込んだ。
純白の空に、真っ黒な星がポツリポツリと灯っているように見える広大な空間。
純白が蜘蛛の糸で織られていて、それらの星がすべて蜘蛛の卵塊であるという点を除けば、幻想的とも呼べる光景だ。
その『空』に、真白い影が逆さにぶら下がっている。
全身が体毛で覆われた、白銀の巨大蜘蛛。
今にも破裂しそうになった腹部が蠢き、次なる仔を絶えず『空』に産みつけている。
そしてその胴体からしなやかに生えているように見えるのは、毛のないもうひとつの『胴体』。
純白の柔肌が腰から下で蜘蛛に連結されたような異形だが、『彼女』は元からこの形なのだ。
蜘蛛部分に目はない代わりに、見る物をすくみ上がらせる端正な美女の顔には8つの目がある。
それら紅蓮に濁った一対の主眼と、その周囲にある同じく紅蓮色の複眼が3つ、侵入者たちを気怠そうに見つめていた。
「あなたたちが噂の『お客さん』かしら」
アラクネ。
ここに至るまでに襲いかかってきた、蜘蛛たちの『母』だ。
「単刀直入に言うぞ。『精霊界』への侵攻を……」
「ええ、ええ。仔どもたちから聞いているわ」
ローラッドのの言葉を遮りつつ、アラクネは逆さ吊りのまま糸を操り、地面へと下りてきた。
巨体は器用に身体を捻って正着し、ずぅん、と地響きが鳴る。
「どうせ無理そうなら出ないでおこうと思っていたところなの。外に出していた仔どもたちは撤収させるわ」
そしてアラクネは思わず聞き惚れてしまいそうになる美しい声で、しかしあっさりと言った。
「ンだよ調子狂うな。じゃあなんで外に出ようとなんかしたんだよ。ずっと引っ込んでいたらよかったじゃねえか」
「退屈だったのですもの」
ブラッディが気持ちの萎えを隠さずに悪態をつくも、それを見下ろす蜘蛛の女王はまったく表情を動かさない。
「ほら、これを持っていって」
「うわっと」
ぽい、と放られた白い物体をキャッチしたローラッド。
見れば、蜘蛛の糸で織られた布に黒い糸でダンジョンの見取り図が描かれている。
その手触りはまるで絹のようだった。
「あなたたちの目的はだいたい分かっているの。仔たちが聞かせてくれたから」
「あんた、配下と遠隔で意思疎通ができるのか」
「ええ。簡単な仕組みだけど」
アラクネは耳(少なくともそう見える器官)に手をかざした。
それをよく見れば、きらきら、と宙に何かが輝いている。
どうやら、『巣穴』中に張り巡らされた糸から振動で何かしらの符丁を『聞き取って』いるらしかった。
「色々聞かせてもらったわ。特に、あの仔たちはその『指輪』がステキだと褒めていたのよ」
蜘蛛たちの女王がそっと指差したのはローラッドの右手。
そこに輝く紅い宝石。
「でもごめんなさい、リリスの仔。私の仔たちには、その『指輪』は刺激が強すぎるの。帰るときは隠してもらえると嬉しいわ」
「あんた、この『指輪』が何か知っているのか」
「知らされていないの?でもそうね、性格の悪いあの女らしいのかしら」
息子には知らされていない母親のことを、蜘蛛の女王は歌うように語る。
「蛇の『指輪』は『羨望の指輪』。大淫魔の薬指に輝く紅き器。輝きに照らされた者の衝動を掻き立て、その欲を貪る健啖の獣……要するに、見たら色々ガマンができなくなる。それが『指輪』の効果よ」
「っ!」
ローラッドは思わず自身の右手を見た。
アラクネの声に呼応し、右薬指に絡みついた『蛇』は脈打った気がしたのだ。
「すごく単純な話よ。私の仔どもたちは8つの目でその光を見てしまうわ。だから、ただそうやって『休眠』させている状態でさえ、自分を抑えられなくなってしまうの」
「それで道中あんなに襲われたのか……」
「ん?それだとおかしくねえか」
主人が納得しかけている所に、吸血鬼の使い魔が割り込む。
「なんでオマエは無事なんだよ。オマエにも8個目があるだろ」
「だって、見ていないもの」
うふふ、とアラクネは微笑んだ。
「この目は『灼けて』しまっているの、誰かさんのせいで、生まれつきね。音と息遣いが、私の『目』……だけど、仔どもたちを介して、少しずつ影響は受けているのよ。これでもね」
言いつつ、アラクネは少し身体を揺すって、深く息を吐いた。
「今日は、たくさん産まれている」
「だってさ、ご主人」
「俺に言われてもな……」
「困らせてごめんなさい。面白くてつい」
呼吸や温度からその表情を読み取ったのか、羊角の少年の困り顔を『見て』アラクネはくすくすと笑う。
蜘蛛の女王は思ったよりもおちゃめだったらしい。
「……まあ、この『指輪』のことを教えてくれたのは感謝する。マップも。あとはとにかく、このダンジョンからはしばらく出ないでくれ」
「分かったわ。それじゃ、出口まで送りましょうか」
アラクネが言うと、床に張られた巣からあっという間に人間大の『人形』が編み上がり、出口の方へと移動し始めた。
よく見れば、中で仔蜘蛛たちが動かしているらしい。
「行くぞ、ブラッディ」
「はーい」
「あ、そうだ」
使い魔を影へと引っ込め、案内の『人形』の後に着いて歩き出したローラッドに、アラクネが声をかけた。
「その『指輪』、どうせ外れないのでしょう?」
「な、なぜそれを」
「見ていれば分かるわ、リリスの仔。あの女のことを嫌うあなたが、好んでつけている『指輪』じゃないものね」
「……」
「『意図』に気をつけて。あなたの母の行動の裏には絶対、ロクでもない思惑があるはずだから」
その声はくすくすと笑っていたが隠し切れない敵意が見え隠れしており、ローラッドは少し気まずさを感じながら白銀の空間から去った。
攻略すべきダンジョンは、あと2つ。
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