【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_014
「お別れ、ねえ」
ローラッドは絶句しかけたが、なんとか言葉を絞り出した。
地面に降ろされたケルベロスはまだきょとんとしている。
「こいつは、あんたが飼いたくて連れ帰ってきたんじゃないのか」
「その通り!でもわたくし、気が変わりましてよ!よく考えればわんちゃんの1匹や2匹、いつだって見にいけますし。アルゴノート家として、資産を融通してまで飼っておく必要はないと判断しました。富める者は贅沢をするから富んでいるのではなく、倹約家だからこそ富んでいるのです。『贅沢は敵』ですわ〜」
またもおーっほっほっほ!と高笑いするエルミーナ。
対して、ローラッドはため息混じりに一言。
「親父が原因だな?」
「うぐっ」
「ったく、心にもないことを必要以上にベラベラ喋りやがって……」
「わ、わたくしはそんな、あの、その」
「誤魔化さなくていい。見りゃわかるさ」
さっきまでの高飛車な態度から一転、慌てふためき周囲をキョロキョロと見まわし始めた黄金の令嬢を横目に、ローラッドはベロスちゃんを抱き上げる。
「何をどうしたらあんたみたいな人間が出来上がるのか不思議だったんだが、実物を見てようやく合点がいった。エルミーナ、あんたあのクソ親父とは早々に縁を切った方がいいぞ」
「な、なんてことを言いますの!?いくらあなたでも言っていいことと悪いことが……」
「あ、テルさん。忘れ物ですか?」
「ひっ」
ローラッドが明後日の方向を見て適当に言った瞬間、エルミーナは小さく悲鳴をあげてすくみ上がった。
その顔からは血の気が引いている。
羊角の少年は息を吐く。
「安心しろ、あんたの親父はとっくに帰ってるよ」
「……嘘をついたのね」
「そして、その反応を隠せてない時点で取り繕う必要は無い」
ローラッドはエルミーナに近づき、その顔を、目を見据える。
「親父が怖いんだな」
「……」
黄金令嬢の目に映るのは戸惑いと、焦燥と、そして怒り。
だがローラッドは構わずに続ける。
「あんたの善性は飛びぬけている。それこそ、自分をひどい目に遭わせた男を、その日の夜に助けてしまうくらいには。だがそもそもの話、あんたは『洞窟探検』中に俺に襲い掛かって来たんだ。『学園』の課題よりも、個人的な『研究』を優先しているのか思っていたが……ま、親父の差し金だったんだな」
「……黙りなさい」
「そして、裸を見られただのなんだのと無茶苦茶な理由で世にも珍しい『未解明』に接近し、無事相棒となった……そして最終的には結婚するなりなんなりして、『未解明』をアルゴノート家の『資産』に組み込む。いかにもあの親父が考えそうなことだが、いくら指示されたからって目も角も普通じゃない『化け物』と交わることすら躊躇しないなんてな。とんだ操り人形さ」
「黙りなさいって言ってるでしょっ!」
ガッ、と。
無いはずの『光の音』すら聞こえるかと錯覚するほどの発光。
黄金の令嬢は拳を握りしめ、羊角の少年を睨みつける。
「これ以上お父様を侮辱することは許しません……!これは警告よ、撤回なさい」
「……」
通常なら傍に立っているだけで失明するほどの強烈な『輝き』。
ローラッドはただ冷静に『感度自在』で自分と、抱えたケルベロスの視力を守った。
「どうしたの?撤回しなさい!さもないと」
「さもないと、なんだ?俺を殺すのか。まあ、できないだろ。『お父様』はそれを望んでいないはずだ」
「っ!」
「なあ、気づいてるか?」
決して哀れむまいと考えていても。
声色は静かに悲哀を語る。
「俺はお前を狂人呼ばわりしているのに、お前が庇ったのは親父だけだ。これがどれだけ異常な事なのか、本当は分かっているだろうに」
「わたくしはッ……!」
エルミーナは激情に任せて叫ぶ。
「お父様にはもうわたくししかいないの!アルゴノート家を維持し、繁栄させるためには、わたくしがしっかりしていなくてはなりません!わたくしの使命はアルゴノート家の血を絶やさずに、後世に繋ぐこと。そこにわたくし自身の感情は関係ない、『ただひたむきに繋ぐべし』と」
「それも『お父様』の設定した『家訓』なんだろ」
「だっ、だったらなんだって言うのです!」
「見ててムカつくんだよ、金ぴか女」
ローラッドは告げる。
「見せかけだけの金メッキにこだわる『アルゴノート家』も、それを『良い子』にして守っているつもりのお前の態度もな」
「……見せかけ?」
黄金の令嬢はフッ、と笑った。
全てを諦めたような、乾いた笑い。
「見せかけなわけないでしょっ!だって、だってじゃあわたくしが今までずっと……」
怒声に嗚咽が混じる。
聞き取れない羅列がローラッドの耳を通り抜ける。
「全部に意味があったに、決まってーーー」
「もういい、エルミーナ」
ばふっ、と。
小麦粉をぶちまけたような音と共に、羊角の少年の身体から桃色の風が一気に噴き出した。
まともに瘴気を吸い込み咳き込んだ少女が見たのは獣の瞳孔。
纏っていた光線を失った黄金の令嬢が膝から崩れ落ち、少年の脚に力なくもたれ掛かる。
安らかな寝息を立て始めた少女の目尻に、少しの水分が光を反射して輝く。
「ゆっくり寝てろ。見てられねえ」
闇夜が訪れ、街は眠りについていく。
ローラッドの言葉を聞いている者は、誰もいない。
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