【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_012
「くれぐれも失礼のないように」
アンナ教官が警告し、その背丈の倍ほどもある両開きの扉を押した。
ギィィ、と、骨が軋むような音を立てながら、表面にはさまざまな姿形の『精霊』が彫刻された重たい木製の扉が開いていく。
ローラッドには何故だかそれが墓標のようにすら見えて、自然と背筋が伸びた。
ここは『学園』内の『精霊聖教』教会、その本堂。
横長の椅子が左右にずらりと並び、真ん中にワイン色の絨毯が一本道を作っている。
その奥、ステンドグラスから差し込む玉虫色の夕光に照らされて、男は立っていた。
えんじ色のフォーマルな貴族服に身を包み、整髪料で整えている黄金の髪。
同じ金色でも、娘のそれとは趣の異なる、ギラついた黄金。
そして、同じく黄金の瞳が入口の5人に向けられた。
「思いの外早く戻ってきたね、素晴らしい」
「はっ。身に余るお言葉です」
男が言うと、アンナ教官は素早くその場に傅いた。
さらに、目配せでその場の全員に同じようにするよう促す。
ただ1人、エルミーナだけは誰よりも早く……それこそ、アンナ教官よりも早く、床に膝を突いていた。
その手はベロスと名付けた3つ首の犬を抱えたまま、僅かに震えている。
そしてその表情も、ローラッドが見たことがないくらいに、強張っていた。
「そのように畏まらなくていい。僕は王でもなんでもない、ただの地方貴族なのだから。さあ、立って」
「はっ」
貴族の男はただ優しく促しただけ。
だというのに、その言葉には抗い難い圧のようなものが確かに存在した。
エルミーナとアンナ教官が起立し、ローラッドたちも再びそれに続く。
「君たちが『探宮者』……そうだ、申し遅れたね」
ローラッドたちを一通り眺めてから、貴族の男は思い出したように会釈する。
「僕はテル。テル・アルゴノート。今日は頼み事があって来たんだ」
「頼み事、ですか」
テルが勿体つけて言ったのを、ローラッドは無意識に反復してしまった。
アンナ教官が「バカ、黙って聞け……!」と肘でこづくよりも前に、テルは「おや、君は」とローラッドの方へと近づいて来た。
「その目、そしてその角……ローラッド君だね?ふむ、話には聞いていたが何とも奇妙だ。これは『根源資質』の影響なのかい?」
「いや、その……」
「おっと、値踏みをされているように感じたのならすまない。職業病のようなものでね、ご容赦願おう」
口では謝罪しつつも、テルの目線はそのままローラッドの右手……そこに嵌っている『指輪』へと移った。
「珍しい宝石のようだね。これは『自然迷宮』で?」
「え、ええ。まあ」
「そうだろうとも。『自然迷宮』は『価値』の宝庫だ。この国の大事な資源であり……そして、資産でもある」
低い声で言って、ローラッドに微笑むテル。
「さて諸君」
その笑顔が内面と一致しているとは思えなかったローラッドが目を逸らすよりも前に、テルは改めて4人の生徒に呼びかける。
「率直に言わせてもらうと、僕の所有するダンジョンに巣食う厄介者たちを討伐して欲しい。それが、僕の頼み事だ」
「厄介者って……単に魔物の討伐っすか?それなら何もオレを使わなくたっていいと思うんすけど」
言葉を返したのは貴族を前にしても態度を正さないマリュースだ。
いや、彼なりに少しだけは丁寧になっているのだが、それは常識的な振る舞いからは程遠い。
「『特異零番』、マリュース・アダミスキー。後ろに隠れているのは……例の『藍色』の子かな」
「まあ、はい。ファレニアっすけど」
「フッ、君は相変わらずなのだな。まあいい」
まるで旧知の知り合いと話すかのような会話。
アンナ教官は気が気でなかったが、彼女の心配に反し、テルはマリュースの無礼は意に介さずに話を続ける。
「『特異零番』であるマリュース、そして最近何かと『噂』の立っている君たちに頼むのには理由がある」
「噂……?」
「もちろん君もだ、ローラッド・フィクセン・グッドナイト」
テルは再びずい、とローラッドに顔を近づけ、その目を覗き込んだ。
底知れない黄金の眼に、獣の瞳が反射する。
「聞けば、我が娘を『救助』したそうじゃないか。その『戦力』を評価したい……すなわち」
黄金貴族は背筋を伸ばし、踵を鳴らす。
「人語を話す魔物を、秘密裏に、素早く『制圧』してほしい」
ずっ、と。
ローラッドは、目の前の男の雰囲気が切り替わったのを感じた。
テル・アルゴノートの内側、冷たい金属部が露わになったような、そんな感覚を。
「僕は貴族である前に貿易商だ。今は所有するダンジョンから産出する資源を元手に『商売』をしている。もちろん僕のものなのだから、魔物がいようといまいと本来は関係ない。丸ごと僕の資産だ」
テルは一気に話し、すぅ、と息を吸った。
「だが……人語を解する、となると話は変わってくる」
そして、吐き出す。
「奴らが手元にある僕の資産を奪い、『小遣い稼ぎ』をし始めてしまうかも知れない。あるいは、あの洞窟から外に出て、何かしでかすかも知れない。そして何より、そんな不気味な生物が棲みついていると知られれば、輸出品の価値に傷がつくかも知れない……わかるだろ」
テルは再びローラッドの顔を見た。
羊角の少年は頷いた。頷かされた。
それを見た黄金の貴族もまた、満足そうに頷いた。
「まあ十中八九心配のしすぎだろうが、心配しすぎるくらいが商人としては適性だと僕は思う。君たちの優れた戦闘能力によって、速やかにことを済ませてくれ。ただし、あの魔物どもは『未解明生態保護法』によって『保護』しなくてはならないことになっているんでな、駆除しつくすのはダメだ」
「……外界との接触を、諦めさせればいい?」
「その通りだローラッド君。まあ、多少痛い目に遭わせれば思い知るだろう。『学園』の方にすでに話はつけてあるから、明日からの『課題』としてこなすんだ」
「……」
『頼み事』のはずなのに、テルの中ではすでに実行することは決定しているらしい。
言ってもしょうがないことなので、ローラッドは指摘の言葉を飲み込む。
「ではな、諸君。僕はこれにて失礼するよ。アンナ教官、資料の手配はよろしく」
「はっ!」
日頃の様子からは想像できないほど生真面目に返事をしたアンナ教官の横を通り過ぎ、黄金の貴族は扉の方へと向かった。
どこから現れたのか、手下の者がすでに扉を開けている。
「エルミーナ」
「は、はいっ!」
そして、娘とすれ違う瞬間。
「その犬は捨てなさい。僕の娘であることに自覚を持って、アルゴノート家の名を汚す行為は慎むように」
それだけ言って、まっすぐ教会から出ていった。
ばたり、と扉が閉まった後も、教会内には静けさが取り残されていた。
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