【第1章】指輪と光と犬とキスと_004
意味不明の能力で自分の資質を否定され、辱めを受けている。
最初こそ恥辱が勝っていたが、夜が昼を侵食するように、エルミーナの心を恐怖がじわじわと蝕み始めていた。
とにかく一刻も早く目の前の『未解明』を叩きのめし、安心したかった。
「わかったよ」
だからこそ、男の言葉に息を呑む。
「そこまで言うなら、本気でぶっ倒す。もう後悔しても遅いからな」
「……やれる、ものなら」
エルミーナは鼓動が高鳴るのを感じた。
それが恐怖なのか、恥辱なのか、高揚感なのかは分からない。
ひとつだけ分かるのは。
この男になら、全力を出してもいいらしい。
「やってみなさいっ!!!」
エルミーナの10の指が再び輝く。ほぼ同時にローラッドが走り出し、まるで縄跳びのように、棒くぐりのように、即死級の光線網を潜り抜けていく。
ここまでは先ほどの光景の再現。
「わたくしの本気はこんなものじゃないわよ!」
「まずいっ!?」
指光線の包囲網を潜り抜けたローラッドはエルミーナと目が合い、本能的に地面を蹴っていた。
次の瞬間、キュガッ!という音と共に爆風が彼の背を叩く。何とか受け身を取って転がり振り返ると、真っ赤に解けた岩肌が蒸発し、爆発したのだと分かった。
エルミーナの双眸から放たれた光線が持つ威力を、これほど雄弁に物語るものもない。
「よそ見は禁物ですのよ!」
「チッ……!」
怯えている暇はない。ローラッドは迫る指光線の網から退避しつつ、決断する。
「『感度自在』ッ!」
彼はそっと自らの腿に触れ、筋肉の反応速度を上昇させた。
身体的負担も大きいが、限界を超えた速度で一気にエルミーナの懐へ踏み込んでいく。
彼女の眼の光線のチャージにはまだ時間がかかり、指の光線は掻い潜れる。一気に近づいて、決着をつけるしかない。
「……って、思っているのでしょうが!」
目の前に迫ったローラッドを前に、エルミーナは不敵に笑った。
「甘いですわっ!」
突如、ローラッドの視界は闇に包まれた。
エルミーナが突然、一切の光の放出をやめたのだ。
(あなたは言いましたわね。眼の感度を10分の1にしたと。ならば逆に、突然暗くなったら10倍見えないハズ……!光線の最大威力を一度見せたら、決着を急いで接近してくることなど想定済み。わたくしは洞窟苔の光であなたが見えて、あなたはわたくしを見ることができない、この一瞬の隙こそ好機!)
アルゴートたるもの、己ひとりでも家を背負う強さを持つべし。
護身術の教えに従い、エルミーナは腰を落とす。
敵の腕を取り、その勢いを利用して地面に向かって投げ飛ばす柔の構えだ。
(投げ飛ばしてから、光線で撃ち抜いてやるっ!)
ローラッドは異変に気付くが、通常よりも速く動く身体を止めることはもうできない。
彼が闇の中で不用意に伸ばした右手が、エルミーナによって絡め取られる。
その、寸前だった。
「がふっ!?」
目標を見失っていたはずのローラッドの右手がエルミーナの顎を掴んだ。
正確に、迷いなく。
「こっちを見ろ、金ピカ女」
「なっ……!」
ローラッドの声を聞いた瞬間、エルミーナは全身の力が抜け、自分の視線が勝手に上向くのを感じた。
薄暗闇の中で、目が合う。
「発想は良かったと思う。俺の『感度自在』を逆に利用して隙を生み出し、逆転する。危ういところだったが、誤算だったな」
「あなた、その、眼……」
怯えた声を発した彼女を見ていたのは、明らかに人間のものではない、横長の瞳孔。
羊の眼。
「俺は元々、暗闇の方が得意でね。明かりを消してくれたおかげでこうして、射程範囲まで接近することができた」
「な……んで……」
囁き声が、エルミーナの思考に靄のように覆いかぶさっていく。
「時間切れだ」
エルミーナは薄れゆく意識を手放すまいと抵抗を試みたが、無駄だった。
「『夢幻夜行』、エルミーナ」
恐ろしく、そして優しい声と共に、彼女の意識は、泥のような眠りの中へと沈んでいった。
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