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【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_010

「さ、ブラッディさんを返してくださいまし」


『夢幻夜行』が解かれ、二足歩行に戻ったエルミーナがずい、と手のひらを差し出した。


『連れていくがいい』


 魔獣の王は素直に従い、黄金の令嬢の手へ桃色のコウモリがぽとり、と落とされる。


「出血は、無いようですわね。ローラッド、あなたも確かめて」


 ローラッドは抱えていたケルベロスを足元に下ろし、エルミーナから桃色の使い魔を受け取った。

 小さなコウモリの身体は温かく、安堵すると同時、羊角の少年は己の無力を恥じた。

 巨大な魔物相手でも戦える火力を持つ、黄金の令嬢がいなければどうなっていたことか。


「……こっちでも確認した。大けがはしていないよ」


 かろうじて絞り出した返事に、エルミーナは「それならよかった!」と表情を『輝かせ』た。


『そやつがこそこそ嗅ぎ回っていたのだ。はたき落としたら気絶してしまったが……どうしたものかと考えている折、貴様らがやってきた』


 魔獣の王はエルミーナを見て、どこか申し訳なさそうに語る。


『最後の一手。貴殿が攻撃をやめなければ、我はその使い魔を盾にした上で……それでも、命を落としていただろう。改めて、貴殿の慈悲に感謝を。なんとか糊口を凌ぐだけの日々に、誇りまで捨ててしまうところだった』

「えっと、感謝されているのかしら?これは」


 魔獣の王の言葉が分からず振り向いたエルミーナは、ローラッドが頷くのを見て「おーっほっほっほ!」と高笑いした。


「ま、とにかく『交渉』は済みましたわね!あなた方のお家にこんな奥まで踏み込んでしまったことは申し訳ないですけど、元々わたくしたちはただこのダンジョンを『完全踏破(マップアウト)』に来ただけですの。もう少しだけ時間を下されば、すぐにお(いとま)いたしますわ」


 と、言うわけで。と再び振り返ったエルミーナに、ローラッドは肩をすくめてみせる。


資料作成(マッピング)は任せてくれ。とは言っても、資源になりそうなものもそんなに見当たらないし、あまり書くこともなさそうだけどな」

『資源……?』


 首を4つ傾げる魔獣の王に、ローラッドは書きかけの地形図を取り出して見せる。


「俺たちはあんたらを攻める準備をしにきたんじゃない。このダンジョンに眠る資源や生息する『魔物』の調査に来ただけだ。だがざっと見た感じ、ここには価値ある資源はほとんどない……あんたの4つ目の頭に興味を持つやつはいるかもしれないけど、殺される危険を冒してまで来たがるかは疑問だ」

『攻める価値もないから安心せよ、と言うのか……なんとも屈辱的ではあるが、正直なところ我々はここを追い出されてしまうと行くアテもないのだ』


 魔獣の王は後ろ脚でぼりぼりとあご(のうちのひとつ)を掻き、ため息をついた。


『ダンジョン、などと呼ばれているそうじゃないか。実際には()()()()()()()()()()()()だというのに、呑気なものだ』

「……それを俺に言われたって困る」


 ローラッドはちら、とエルミーナの表情を伺ったが、特に変化はない。

 魔獣の王が『こちら』の言語で喋らないことに正直億劫さを感じていた少年も、この時ばかりは『あちら』と『こちら』に言語の壁があることに感謝した。


(バレたら俺の立場も危ういからな……)


 いくら『学園』の生徒として首尾よく暮らせているとはいえ、だ。



 あなた方が『自然迷宮(ダンジョン)』と称して資源や生態系をありがたがっているのは、実は『魔界(あちら)』が『精霊界(こちら)』に攻め込むために用意していたトンネルなんだよ、などと。

 流石にバレるわけにはいかない。



『そうは言うが羊の少年よ。ほとんどは貴様の母親のせいなのだぞ。あのロクデナシがかき乱さなければ、今ごろ我々は戦場に一番乗りだったというのに……本格的な開通前に政変など起こしおって』

「ほとんどの種族が様子見する中で真っ先に出てきちまうなんて、あんたらが焦りすぎなんだよ」

『貴様とてどうせ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()クセに、よく言う』

「……」


 ローラッドは無言で睨むが、魔獣の王は無視して失笑する。

 その目には憂いが満ちていた。


『だが、確かに焦りすぎだったのだろうな。結局、何年もこうしているうちに闘志も野望も失せてしまった。【魔界】に帰れないのなら、せめて穏やかに暮らしていたいと、最近はそればかりだ』


 魔獣の王はローラッドを羨ましそうに見つめる。


『我々もせめて貴様のように【精霊界】に溶け込めたらな』

「……これ以上愚痴はやめてくれ。俺だって色々あるんだっての」

「ちょっとあなた方!わたくしを置いてけぼりにしないでくださるかしら!」


 と、ここでエルミーナが会話に割り込んだ。

 その胸元にはいつのまにやら一頭のケルベロス……真ん中の額に光線によって焼かれた傷のある個体が抱きかかえられていた。


「ローラッド、この方のお名前は?」

「さあ……名前とかあるのか、あんた」

『ない。我は我だ』

「無いってさ」

「じゃあ仮の名でお呼びしますが……キングわんちゃん様、失礼ながらひとつ質問がありますわ」

『き、キングわんちゃん様!?』


 エルミーナの地の底を這うような最低のネーミングセンスに動揺した魔獣の王(キングわんちゃん様)が面白くて、ローラッドはあえてその反応を通訳しなかった。

 当の黄金令嬢は気づかずに続ける。


「さきほどからこのわんちゃんがわたくしに寄りついて離れないのです。もしかするとその、ずっとわたくしたちと一緒にいたいのかなーって、思うのですが……」


 そして、後半になるほど声を小さくしながら、かかえたケルベロスをぎゅっ、と抱きしめた。


『……』


 緊迫した雰囲気から一転、突然のほんわかで畳みかけられたキングわんちゃん様は絶句してしまう。

 こういう時、逆になんと言ったらいいか分からない。


「まあ、アレだ。そろそろ潮時なんじゃないか」


 見かねたローラッドは助け舟を出す。


「『こっち』に溶け込めたら、って言ってたよな。試しに、そいつに修行させたらいいんじゃないか」

「大切にしますわよ!食事もちゃんと3等分に与えますし散歩にも行きます!」

『軽く頭痛がしてきたが……所詮は負けた個体であろう。本当は後で【制裁】するつもりであったが、まあ、どうとでもするがよい。というか、さっさと去ってくれるなら何でもよい』

「連れて行っていいとさ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 エルミーナはキングわんちゃん様に近づき、いちばん手前にあった頭をよしよしと撫でた。

 怖いもの知らずすぎる令嬢にローラッドがドン引きしていると、威厳も何もなくなったキングわんちゃん様はされるがままになりつつも、ローラッドの方を見てフン、と鼻を鳴らす。


『なあ、淫魔の息子よ』

「なんだよ」

『こんなメスを伴侶に選んでしまっては、将来苦労するぞ』

「選んじゃいねえよ!余計なお世話だ!」


 羊角の少年の叫びに呼応するように、黄金令嬢が抱えたケルベロスが「ワン!」と鳴いた。

読んでいただきありがとうございます!

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