【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_008
額に傷のあるケルベロスを抱えて細い通路を抜けた先には、大量の緑色苔がぼんやりと照らしている空間があった。
天井は低く、足場は劣悪。
だがその場所は……左右に大量のケルベロスが『整列』し、最奥に最も身体の大きい一頭だけが寝そべっているその『間』は、『魔獣の玉座』としか形容し得ない場所だった。
そして桃色のコウモリは、玉座の主人たる魔獣の、3つある口のうちの1つに咥えられ、ぐったりしていた。
「ブラッディ……!」
「ここが『巣穴』のいちばん奥で間違いなさそうですわね」
無惨な使い魔の姿に思わず声を漏らすローラッド。
一方でエルミーナは、無数の眼光が向けられる中で堂々と前に歩み出る。
「あなたがここの主人かしら?はじめまして、アルゴノート家令嬢、エルミーナ・ウェスタリアス・アルゴノートですわ。正装ではありませんが、お許しくださいな」
そしてドレスアーマーのスカート部をつまみ、一礼。
対して、ケルベロスのリーダーらしき大型魔獣は真ん中の頭で大きなあくびを返した。
「単刀直入に申しますと、あなたが咥えているその子を返還して欲しいのです。もちろん、タダでとは言いません。わたくしたちに無礼を働いたこちらの方と交換しましょう?」
『魔物』の巣の、その最深部でもブレることのない、堂々たる立ち振る舞い。
とはいえ、相手は『魔物』だ。
生態系、見てくれが特殊とは言っても所詮は動物の域を出ない生き物。
エルミーナの『貴族流』の啖呵など何の意味もなさない。
と、『こちら』の常識で考えれば、そうだ。
『貴様、あの腐れ淫魔の息子だな。人間のメスなど連れて我が領域を荒らしおって。何のつもりだ』
魔獣の王が睨んでいるのは羊角の少年。
地響きのような低い声がローラッドの頭の中に直接響く。
その言葉は、直接発すれば『こちら』では意味を為さない唸り声としか解釈できないだろう。
「俺たちにも俺たちの事情があるんだよ。別にあんたたちを害しに来たわけじゃない。ブラッディを返してくれないか?」
『我らが慎ましい家をつぶさに調べ上げ、攻め込む準備を整えるのが【害】でなくて何なのだ?ただでさえ【あちら】との行き来を絶たれて久しいというのに……』
「それはあんたたちの事情だろ?互いの事情がかち合った時、あんたたちは『交渉』できるくらいの賢い種族だったと記憶しているが、違うのか?」
「ローラッド、あの方とお話しできてますの?」
ローラッドの一方的な発声だけを聞いていたエルミーナが困惑と共に振り向いた。
羊角の少年が「ああ」と頷くと、黄金の令嬢は「なら、私の言葉も理解できていますわね!?こちらには人質もいるの。これは『交渉』ですわ!」と息巻く。
だが魔獣の王の反応はそっけない。
『交渉、交渉とうるさい奴らだ……吸血鬼もどきの使い魔など如何してやっても良いが、我が配下のひとつ程度で何の対価になる。我らは【獣】、殖えることに於いて右に出る者などいない』
「チッ……あんたらも大概野蛮だな」
『獣が野蛮でなくてどうする。我々は飢え、孤立しても、貴様ら淫魔のように誇りを捨てることはない』
人間の論理と魔獣の論理は全く異なり、話が通じない。
『だが、退屈していたところでもある』
ローラッドが諦めかけた時、しかし、魔獣の王は地響きを伴うような声で唸った。
『そこのメスよ。【貴族の掟】に従い、我々にすらも最低限の敬意を払おうとするその滑稽さ、気に入った。礼に、【獣の掟】でもてなそうじゃないか』
魔獣の王がずし、ずし、と歩み出ると、周囲のケルベロスたちはいっせいに下がった。
あっという間に、円形に区切られた空間が出来上がる。
『我々は【交渉】などしない。だが、力ある者には従う』
岩肌にも食い込み、砕く猛爪。
血に飢え唸る3つの顎。
人間の男の数倍はある体躯が、低い天井に荒々しい体毛を擦る。
『貴様らの流儀に則るなら……【決闘】とでも言おうか』
地の底から響くような唸り声と、牙を剥く邪悪な笑みが令嬢を決闘場へと誘う。
「……エルミーナ」
「言わなくて結構ですわ。雰囲気でだいたい分かりました」
目の前に待ち構える猛獣の牙にもひるまず、黄金の令嬢は胸を張り、堂々と『入場』する。
「アルゴノート家の威信に賭けてあなたをぶっ倒し、ブラッディさんを返していただきますわ!」
『ククク……人間のメスごとき、その威勢をいつまで持たせられるかな……?』
まさに一触即発の空気。
次の瞬間には『決闘』が開始する「ちょい待ち」……寸前で、ローラッドは全く空気を読まずに待ったをかけた。
「な、なんですの!?今結構いい感じに『決闘』が始まりそうだったではありませんか!」
『ふざけているのか?淫魔の息子』
「ふざけてなんかいない。だが、この『決闘』はフェアじゃないと思っただけだ」
ローラッドはエルミーナに歩み寄りつつ語る。
「天井は低い、足場も悪い。そっちは四足歩行で、こっちは二足歩行。条件が違いすぎだ……これじゃ、いくら我らが優等生でも勝てっこない」
そして、獣の瞳で魔獣の王を睨みつける。
「狡猾なあんたのことだ。それも織り込み済みの『決闘』だろう?」
『ククク……だったらどうするというのだ、哀れな犠牲の子羊よ』
魔獣の王は悪意を隠さず、残忍に笑う。
『もう【決闘】は受諾された。どうあっても、我々は【決闘】による決着以外は認めないぞ?』
「ああ。思う存分『決闘』してほしい。俺もブラッディを取り戻したいからな、それを拒否するつもりはない。ただ……」
「な、なんですの……?」
ローラッドは困惑するエルミーナに近づき、その目を覗き込んだ。
「条件を揃えようって言ってるんだ。エルミーナ、すまんが少し我慢してくれ」
「我慢……って、まさかあなたまた」
「『夢幻夜行』、エルミーナ」
言葉を紡いだ途端、令嬢は膝から崩れ落ちた。
直後、四つん這いで復活する。
「そしておはよう、イヌミーナ!」
「わおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
『決闘場』と化した洞窟に、黄金の令嬢の『遠吠え』がこだました。
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