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【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_004

「ちょっ、()()それはっ……!」

「あれ、言っちゃダメなやつだったっけ?」


 ローラッドが口止めしようとした瞬間にはもう遅い。

 すでに黄金の世話焼き令嬢が「まあ!」と声をあげている。


「ローラッド!あなた、他の講義ではちっとも見ませんでしたのに!なんだ、ちゃんとしているところもあるではありませんか。わたくし感激いたしましたわ!」

「ああくそダルい感じになったじゃないかもうっ」


 ローラッドはさっきまでとは別の理由で俯き、その横顔を黄金の令嬢が驚きと感心の『輝き』で照らす。


「というわけでローラッド君、ばっちり思い出してくれたかな?私はいつだって君が訪ねてくるのを待っているよ……といっても暇な時限定だが」

「言われなくたって行くつもりだったっての!何でこんな回りくどいことを……!」

「なんでだろうねぇ」


 アンナ教官はニヤニヤ顔でまったく悪びれない。

 彼女はむしろ、エルミーナの反応を予見してわざとバラしたんじゃないかと思えるほどだ。


「アンナ教官、そろそろはなして」

「おっとごめんよ」


 と、ここで手を掴まれたままだったファレニアが静かに抗議した。

 アンナ教官がパッと手を離すと、ファレニアはこれ見よがしにローラッドに向かってプラプラと手を振る。

 お前のせいで手がしびれてしまった、とアピールしているのだが、羊角の少年には伝わらない。


「あんた、なんかちょっとずつ俺に毒液を飛ばそうとしていないか?せっかくせ、教官も来てくれたんだし今回はお互いさまってことにしておこう、な」

「……」


 それどころか意図していない悪意を拾われてしまい、少女はすこしイラッと来てしまった。

 溢れさせた毒液を『回収』するフリをして、ボール状に集結した『藍色』を足元に構える。


(おのぞみなら、ほんとうに救護室送りにしてやる)


 それをそっと蹴り飛ばそうとしたところで、甲冑の足が割り込んだ。


「なっ」

「ファレニア君、これ以上のおイタは私としても流石に看過できんぞ」


 少女の頭上から静かな怒りを含む声が降る。


「ローラッド君が久しぶりに『学園』に来たんだ。ガキじゃないんだから『喧嘩』も時と場合と加減をわきまえてやってくれると助かる」

「……わかった」

「分かればよし」


『藍色』の玉が無事『回収』されたのを確認し、アンナ教官はがしがし、とファレニアの頭を撫でる。

 そして「しっかしまあ」とぼやきつつその足元に屈んで『藍色』にまみれた1枚の紙を拾い上げた。


「あーあー、せっかく書いた申請書もぐちゃぐちゃにしちゃって。ファレニア君、さすがにこれは書き直しだぞ」

「わかってる。ぜんぶそこのへんたいひつじと金ぴかのせいだけど。ファレニアがもういっかい書いてくる」

「物分かりがよくなってきたじゃないか。偉いぞ……ん?」


 素直な応答に上機嫌のアンナ教官だったが、何かに気づいたように唸った。

 そして、摘まんでいるファレニアの申請書を光源(エルミーナ)にかざし、もう1回唸る。


「ファレニア、君は()()諦めてないのか」

「な、なんのこと?」


 ファレニアが肩をギクッと震わせたのは、ローラッドやエルミーナから見ていても分かった。

 少女はすっとぼけようとしているようだが、逆に興味をそそる反応である。


「その申請書がどうかしましたの?」

「……君ら、この子から名前は聞いてるよな。なんて名前だった?」

「えっ?」


 奇妙な質問に、ローラッドとエルミーナは顔を見合わせる。


 ファレニアの名前って。

『歩く厄災』、アダミスキー兄妹の妹の方。

 じゃあ合ってるよね?


「「確か、ファレニア・アダミスキー」ですわ」


 語尾以外ほとんど完全にハモった2人の声が答え合わせとなった。

 それを聞いてアンナ教官は「やっぱりか」とため息をつく。


「ファレニア君……気持ちは分かってあげたいが、やはり混乱を招く。最初に名乗るときとか、こういう書類に書くときにはちゃんと戸籍上の名前を書いてくれないと」

「……」

「それって、どういう……?」


 俯いて沈黙したファレニアに代わりローラッドが問うと、アンナ教官は少し天井を仰ぎ見て答えた。


「この子の本当の名前は、ファレニア・()()()()()()。マリュース・アダミスキーの姓を名乗っているのは自己申告にすぎないんだ」

「そ、そうだったんですの!?」


 声に出して驚いたのはエルミーナだ。


「いったいどうしてそんなことを。一家に代々継がれてきた(なまえ)を捨てるなんて……」

「……ちがう」


 ファレニアはか細い声で否定する。


「ファレニアは、マリュースと一緒がいいってだけ。でも、ファレニアは『毒』だから、いっしょになろうとしたら、いけない……!」


 肩を小さく震わせる少女の目からぼた、ぼたと粘性のある『藍色』の涙が零れ落ちる。

 そしてファレニアは潤んだ瞳でローラッドを睨みつけた。


「だから『あにさま』なのに。なまえがいっしょなら、大丈夫だから。でも、ぜんぶ、おまえがぶちこわしにしたんだ……!」

「お、俺……?」


 ここにきて、やはり向けられる憎悪。

 ローラッドは戸惑いを隠せない。


(何かした、のか?昨日の一件で初めて会ったはずの、この子に?)


 正直、ローラッドにはファレニアの言っている『理屈』の意味が分からなかった。

 ファレニアにも、『あにさま』にも、当然その名前にも、なんの知識もないし何の記憶もない。


 だが。


「あんたの気持ち、ちょっとは分かるよ」

「わかる?悪魔なんかなにが……」

「俺も、自分の『名前』が嫌いなんだ」

「っ!」


 自分を見るファレニアの表情が怒りから戸惑いに変わったのを見て、ローラッドは苦笑する。


「図星か?まああんたの事情なんざ知らないが、違う名前になりたいって気持ちは理解できるつもりだ」

「ローラッド……」


 心配そうにつぶやくエルミーナに「任せとけ」と言って、ローラッドはファレニアと目線を合わせるためにしゃがんだ。


「色々迷惑をかけてすまなかったな。書類はどうにもなんないかもだけど、俺はあんたのこと、できるだけアダミスキー姓で呼ぶよ」

「べ、べつにへんたいひつじから名前なんか呼ばれたくないし……!」

「そうか?まあそれならそれで」


 顔を逸らしてしまったファレニアの表情は見えなかったが、多少の慰めになったならいいのだが。


 ローラッドは立ち上がり、困り顔のアンナ教官に少しだけ頭を下げる。


「アンナ教官、というわけだ。ファレニアがアダミスキー姓を名乗るのは、できる範囲で認めてあげてほしい」

「頭なんか下げられてもな」


 アンナ教官はうーん、と頭を掻いて、


「まあ、私も別に徹頭徹尾本名を名乗れと言っているわけではないんだ。君たちが混乱してなくて、あとは書類上問題なければそれでいい」

「エルミーナもいいか?」

「わたくしは、ファレニアさんがそう望むのなら良いですけれど……」


 黄金の令嬢もあいまいにだが首肯したのを見て、ローラッドは「さて」と話を戻しにかかる。


「それじゃ、今度こそ申請書を出して『図書室』にでも行こう。ダンジョン攻略の作戦を練るんだろ」

「え、ええ。そうしましょう」

「まって」


 声をあげたのは、ファレニアだった。

『藍色』の涙はすっかり乾いて、少女の頬にうっすらと跡を残すのみとなっている。


「ローラッド。なまえをぜんぶ言え」

「えっ。ローラッド・フィクセン・グッドナイト、だけど……」

「ローラッド・フィクセン・グッドナイト……」


 ファレニアは静かに復唱し、宣言した。


「わたしたちと、競争しろ」

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