【第3章】ダンジョン攻略狂騒曲_003
「お、落ち着け!こんなところで暴れる気か?」
「あばれないよ。でも、あにさまを悪く言うのは許さない」
ローラッドは静かに怒るファレニアを宥めようとした。
が、藍色髪の少女から少しずつ染み出す『藍色』が止まる気配はない。
「だいたい、悪魔が陽の当たるところにいちゃいけないの。牧師さま、言ってた。悪魔とかかわるとひどい目にあうから、追い出さなくちゃいけないって」
「そう言われたってな……」
獣の目と角を持つものは『悪魔』であるから用心せよ。
ローラッドはそれが『こっち』のメジャーな宗教『精霊聖教』に語られている言葉らしいことは知っていた。
民が安らぎを得るための宗教だ、そのような教えは別に普通のこと。
だが実際に面と向かって言われると、なかなか堪えるものがあるのも事実。
(俺だって好きでこんな見た目をしてるんじゃないんだっての)
目の前に迫る危機のことも忘れ、ローラッドは静かに拳を握りこむ。
「ファレニアさん、訂正なさい」
ローラッドの代わりとばかりに前へ歩み出たエルミーナが、怒りを露わに言った。
「『精霊聖教』の教義はローラッドとは何の関係もありませんわ。ひとりの人間を悪魔と罵り、侮辱する行為はアルゴノート家の令嬢として見過ごせない」
「金ぴかもだよ。悪魔と交われば悪魔に染まる」
だがファレニアは聞く耳を持たず、『藍色』をぼたぼたと垂らしながらその手をローラッドへ向けた。
「教えをまもる者に、精霊はめぐみを与える。ファレニアはしあわせになりたい。だから、悪魔はおいださなくちゃいけない!」
「仕方ありませんわねっ」
どろり、と一気に『藍色』の量が増えたのを見て、エルミーナも臨戦態勢に入った。
「ああ、どうしていつも『こう』なんだ!」
ローラッドもまた、すぐに動き出せるように全身の筋肉を強張らせる。
全身から毒液をあふれさせる少女に触れることは当然不可能。
だが、こちらにはエルミーナの『光』がある。
幸いにも遠距離からの攻撃は可能だが、問題は加減があまり効かないであろうこと。
(隙を見て、どうにかファレニアだけを止められれば……!)
とはいえあまり過激な『技』は使いたくない。
それは周囲を巻き込みたくないという意思の表れであり、同時に何よりも気分の問題だった。
自分を悪魔と責める相手に、本当に『夢魔』の力を使ってしまっては、自分の中で何かがダメになる。
その確信めいた思い込み、あるいは焦燥のような何かが、羊角の少年の心臓を蝕み、痛めつける。
「じゃあ、いくよ」
「オイこら何やってんだ君らは」
「っ!?」
だが、ファレニアが本格的に動き出す直前、その手は背後から何者かによって軽く捻り上げられた。
「なにするの、はなして……!」
「そう言われて素直に離すわけなかろうよ」
少女は触れた物体を侵す『藍色』を溢れさせて抵抗するが、彼女を掴むその手は鈍色の硬質。
「ファレニア君、ここは『事務室』だぞ。『水遊び』は外でやらなきゃダメだろう」
鋼鉄の甲冑に身を包み、ヘルメットだけを外した騎士……アンナ教官は手を離さないまま、冗談めかして笑った。
「だって、こいつらがあにさまのことをバカにして……!」
「マリュース君なぁ。あいつ結構単位が残っているって話でしょ?ローラッド君もエルミーナ嬢も事実を話題にしただけで、バカになんてしてないさ」
「あ、アンナ教官!」
「発言どうぞ、エルミーナ嬢」
講義中でもないのに律儀に挙手したエルミーナに、アンナ教官はこれまた冗談めかして発言を許可する。
「なぜここまでのやり取りをご存じなのでしょうか。というか、いったいどこから……」
「いや、途中からは普通にそこで聞いてたんだよ。気づかなかったか?」
そこ、とアンナ教官が親指で指差したのは受付の後ろのドアだ。
「ローラッド君が課題の仕組みを聞いてたあたりからかな?申請書の一番乗りは誰かなって見に来たらちょうど目の前でバチバチやりあってるもんだから」
「その甲冑は……?」
「いやなに、ちょっと儀礼的な用事があってね。この姿で参列しなきゃいけないのさ」
アンナ教官はファレニアの手を掴んでいるのではない方の腕をぐりぐりと回した。
重たそうな甲冑を着ているというのに、不思議と金属が擦れる音はほとんどしない。
「普段はつけているとこを見せることなんかないから新鮮かな?」
「え、ええ。というか、もしかして教官って」
「おう。一応『騎士様』だよ?王国付きの。その資格も持っているって言った方がいいか」
『騎士様』はそう言うと、ローラッドの方を見てからかうように笑う。
「ローラッド君はよく知ってるだろうけどね」
「そうなんですの、ローラッド?」
「……まあ、一応、知っていた」
「なんだよ冷たいなぁ!ローラッド君、君と私のナカじゃないか!」
アンナ教官は言いながら、今度はわざとらしく甲冑をガショガショ鳴らした。
「前期で『甲冑戦闘訓練』と『騎士道』の単位を取ってたのは君だけだったでしょうに。私とマンツーマンであんなにしっぽりやったってのに、忘れちゃったの?」
そして、ローラッドが他人には喋らずにいたことを、あっさりと言ってのけたのだった。
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