【第2章】金と羊はトラブルの目印_014
「騎士、ですか?」
「変な話だろ。こんな見た目で、人の顔も覚えられないようなやつがさ」
「いえ、まったく変だとは思いませんが」
「ま、まったく……?」
エルミーナがあまりにきっぱりと言うので、むしろローラッドの方が面食らってしまう。
「騎士の方たち、この『学園』でも時折見かけますもの。王と市民の暮らしを守る、立派な役割よね。ただ……どうして騎士なんですの?」
黄金の令嬢は純真な瞳をローラッドに向けたまま、首をかしげる。
「この『学園』が今でも騎士の『養成所』なのは知っています。そういう授業もありますもの。ですが、今はもう『探宮者』の養成にほとんどシフトしてしまっている」
「そうだな」
「治安維持の役割だって、一部は『探宮者』が兼ねていますし……けれど、あえて騎士なのですか?」
「ああ」
ローラッドは(彼にしては珍しいことに)即答した。
「エルミーナ、あんたは知っているみたいだが、この国にはその昔多くの騎士がいた。それがいつ『探宮者』に切り替わったかは知っているか?」
「……『根源資質』の存在が明らかになってから?」
「さすがだな。そしてさらに正確には、ダンジョンの開発が始まってから、だ」
少年はパラパラと手元の資料をめくり、その一番最初の章の記述を指さす。
「ここの記述がそうだ」
「どれどれ?」
「っ!」
エルミーナが立ち上がり、ローラッドの隣からずいっ、と顔を寄せてきた。
少年は角が触れないよう、反対側にすこしズレる。
しかし無意識なのか黄金の令嬢はさらに寄せてきたので、観念して距離を取るのは諦めた。
「突発的に発生した洞窟状の『自然迷宮』に、我が国は調査隊を派遣した……この記述の調査隊、ってのが、学者と貴族院のお偉方が中心の部隊だ」
「ええ。わたくしのおじい様も何度か調査に参加したとおっしゃっていましたわ」
「……アルゴノート家っていつからあるの?」
「いい質問ですわね!貴族としてのアルゴノート家はわたくしが生まれる何十年か前からある、らしいですわ!」
「らしい?」
「詳しく教えてくれないんですのよ」
エルミーナは明後日の方向を見ながらんー、と唇を尖らせる。
「わたくしも気になってお父様やおじい様によく聞いたものですけれど……ずっと前から、としか。一応、おじい様は王室付きの学者様で、お父様が貿易で名を立てたとは聞いていますわ。だから王室付きの家としては長いけど、正式に貴族になったのはお父様の代で……」
「なんかややこしいし、下手につつくと要らない反感を買いそうな感じだな……」
「それで?その調査隊と騎士に何の関係がありますの」
黄金の令嬢に促され、ローラッドは話を戻す。
「えっと、言った通りダンジョンの調査隊はお偉方ばかりで、危険にさらすわけにはいかないだろ?だから、そいつらを守る護衛の騎士がついていたんだ」
「あの甲冑のままダンジョンに?なんだか転びそうですわね」
「さすがに甲冑のままじゃなかったさ。いまの俺らと大して変わらない、洞窟用の身軽な装備だよ」
「あ、それで……!」
何か閃いたエルミーナに、羊角の少年は頷く。
「ダンジョンでの護衛が始まって、騎士は甲冑を脱いだ。全員じゃないけど、この時の騎士たちはそのままダンジョン調査の護衛の任に就いて、いつしか独立して、国や貴族から報酬を貰ってダンジョンを攻略する今の『探宮者』になった」
「そうだったんですのね。でもローラッド、質問がありますわ」
「なんだ?」
「この本には、その『探宮者』の起源に関する記述はないようですが……よくご存じでしたわね、あなた。まるで見てきたかのように語っていましたけれど」
「まるでというか……」
ローラッドは何を言うかを少し考えて、答える。
「実際に見たし、会ったんだ。護衛の騎士に」
「えっ!?それはどういう……」
黒髪の少年は再び窓の外へ視線を移す。
夕陽の差し込む遠くに目をやれば、いつだって思い出せる出来事。
「……俺は昔、ダンジョンに迷い込んだことがあった。まだ物心ついたばかりの頃。それこそ『完全踏破』という概念もない頃に、『魔物』に囲まれて」
「よ、よく生きて帰ってきましたわね、あなた」
「本当にその通り。出口も分からず、腹も減って、あげく食われそうになって死にそうで。かなり昔だけど、あの時の絶望はよく覚えているよ。ただ……」
ローラッドがふと目をやると、エルミーナが表情を強張らせて続きを待っていた。
謎の緊迫感に少し笑ってしまってから、ローラッドは続ける。
「助けてくれた人がいた。その人は調査隊の護衛についていた騎士だった」
「……!」
「その後の展開は省略させてもらうが、俺は無事に帰れて、ここにいる」
「ああもうっ!その騎士様の活躍が気になるじゃないですか!」
「まあ、それはいずれな?」
ローラッドは適当に誤魔化し「というわけで」と区切って、
「ベタな話だがその時に、将来は騎士になると決めたんだ」
「素敵な『夢』ですわ!わたくし、応援していますわよ!」
「ああ、ありがとう」
エルミーナの反応は想像していたものとほぼ変わらなかった。
だがそれが、羊角の少年にとっては何よりもありがたかった。
「さて、ちょっと余計な話もしちまったけど、『課題』の前調査はこんなもんか?暗くなってきたし」
「そうですわね。でも、できればもう少し……」
「あっ、いた!」
黄金の令嬢と羊角の少年の話に割り込んで、がやがやとした声が近づいてくる。
見れば、『図書室』に続々と乗り込んでくる人影が。
「あそこだ!アルゴノート家の令嬢と一緒につるんでるっていう、『未解明』の羊男!」
「なあ、その角って本物なのか!?」
「おどきなさい皆さん!お嬢様に近づく虫はわたくしたちが……」
「ちょっと!静かにしてください、ここは『図書室』なんですよ!!」
講堂での一件を見ていた学生がいつも女子に囲まれていた黄金の令嬢と、珍しく姿を現した『未解明』の少年がバディになったことを広めて回ったらしい。
『親衛隊』も合流しており、とてつもないトラブルの予感がする。
「なんかすげえことになってんな……」
「あの方たち、ちゃんと言って聞かせないと!」
コォオオオオ、と光り始めたエルミーナの手を、ローラッドは躊躇わずに掴んだ。
「きゃっ!?」
「あんなの全部に構っていられるかよ。逃げるぞ!」
羊角の少年は駆け出しつつ言う。
「明日からも課題で忙しいんだ。とっとと帰らないと!」
「……ええ、そうですわね!」
黄金の閃光が追跡の目をくらまし、少年に手を引かれた少女は影へと消えていった。
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