【第2章】金と羊はトラブルの目印_013
「よっ、と……」
「……」
ローラッドは抱えていた数冊の本をどさ、と机に置いた。
その横では、エルミーナが別の本に目をやりつつ、手元の紙にペンを走らせている。
ここは図書室。
とはいっても王立である『学園』敷地内に専用の建物が建てられており、さらに蔵書はこの国で一番豊富。加えて、『学園』の生徒でなくても市井の民が利用可能。
ローラッドには、どちらかと言えば『王立図書館』が適しているようにしか思えないが、施設の名前を示す札には頑なに『図書室』と書いてあるのだから仕方がない。
(あくまでも『学園』の施設であるという体裁を守らなきゃいけない理由でもあるのかね。税金とか)
ぼんやりと考えたローラッドは自分がしなくてはならないことを思い出し、エルミーナの対面の席に座って積み上がった本の一冊をパラパラとめくった。
「ダンジョンの歴史、ねえ。こんなもん今更調べる必要があるのか……?」
「当然必要ですわ。『課題』のことをもう忘れたんですの?」
「『完全踏破』されていないダンジョンから自由に選んで攻略し、報告書にまとめる、だろ」
くだらない、と言外に主張する少年の手元にはダンジョンについてある記述がされている。
20年前、この国だけでなく、世界中で『突然』発生した洞窟状の構造物。
建国神話の伝説になぞらえて『自然迷宮』と呼ばれるそれらは、独自の生態系と未知の物質を抱えた、新資源の宝庫である、と。
「個別のダンジョンをひとつずつ調査しても埒が明かないだろ。『国』がもっとまじめに動いて、体系的に整理すべきだ」
「そうは言ってもられないの。今やダンジョンは資本を生み出す『鉱脈』ですわ。アルゴノート家もそうですけれど、自分の領地内に抱えているダンジョンの利権を『確定』したくてたまらない方々の行列ができている状態なのですから」
「それでロクに価値が無ければ他のダンジョンを買い取ったり、あるいは利用できる状態に『改良』する研究をしている、と」
ぎっ、と背もたれに身を預け、ローラッドはため息を吐く。
「その片棒を担がされているのが『探宮者』とその卵である俺ら『学園』の生徒たち……どこまでもカネの話が染みわたっていてイヤになるな」
「あなただってそれがしたくてこの『学園』にいるんでしょう?」
エルミーナはひと通り整理し終えた資料をぱたん、と閉じ、なだめるような口調で言う。
「『洞窟探検』のときはあなたもノリノリに見えたけれど」
「……あの時は『指輪』を探さなきゃいけなかったからな。今や目的はあってないようなものだ」
「ふぅん、そういうものですか」
黄金の令嬢は少年の右手に嵌った指輪をじっと見つめる。
日に焼けていない色白な肌と対照的な、鮮血を思わせる真っ赤な宝石。
まるで瞳のようだ、と思ったとたん、睨まれている気がしてきて、少女は目を逸らした。
「とはいえ、あなたもわたくしのバディになったのですから、ちゃんと課題をこなしてもらわなくちゃ困りますわよ?」
「それは、そうだな」
『指輪』の代わりとばかりに、頬杖をついた令嬢の純真な視線を向けられたローラッドは、なんとなく再び手元に目線を戻した。
「しばらくは『課題』をこなすのを目的にするか……」
「あまり褒められた態度ではないような気がするけど、仕方がありませんわね。何であれ、真面目に取り組んでいただけるなら」
「……そういうあんたはずいぶん真面目に取り組むよな」
ローラッドは周囲を見渡す。
すっかり日も暮れ始めた現在、この『図書室』で調べ物をしているのは彼ら2人しかいない。
「言ったでしょう?わたくしはこの『学園』での生活を通して、アルゴノート家の発展に貢献しなければならないのです。学業成績だけではなく、プライマルやダンジョンの研究、交友関係……」
指折り羅列しつつ、ふふ、と黄金の令嬢は微笑んだ。
「そういう意味では、あなたとのこうしてバディを組めたのは幸運と言えるでしょうね?」
「それはアレか?俺が珍しいプライマルを持っているから」
「もちろんその通り。思ったよりもさらに上を行く奇妙さではありますが、あなたのプライマル、『未解明』に名前を付けらたら、歴史に残る功績になるでしょうし」
でも、それだけではありませんのよ。
区切りつつ、微笑む令嬢はふんわりと輝きを増した。
「単純に、あなたが『善い』人だからですわ、ローラッド」
「……今朝も言ってたな、それ」
ローラッドが指摘すると、間髪入れずに「ええ」と答えるエルミーナ。
黄金の令嬢の言葉に集中をかき乱され、彼はさっきから視界に入っている文字を1文字も読めていなかった。
「これでも人を見る目はあるつもりです。ローラッド、あなたは……確かに見た目は少し変わっているけれど、根本的に悪いことができない人に見えますの」
「……」
ローラッドが黒い前髪の隙間からちら、とみると、エルミーナはばっちり目を合わせてきた。
「ねえ、バディにもなったことだし、今朝言ってたあなたの『夢』を教えて下さらない?」
「め、めちゃくちゃ踏み込んでくるな、あんた」
少年のちょっとした反撃など意に介さない、好奇心で爛々と輝く瞳が彼をじっと見つめている。
「当然ですわ。アルゴノート家の家訓では……」
「わかったわかった」
ローラッドはまた長々と語り出しそうなエルミーナを片手で制した。
特別、何か気が変わったわけではないが。
この黄金少女を静かにできるのであれば話してしまえばいいのではないか。
……唯一の友人なのだし。
しかし真正面から目を合わせるのにも耐えられないので、ローラッドは窓から外を、遠い向こうの空を見る。
「俺は、将来的には、騎士になりたいんだ」
羊の瞳を橙色の光に照らされながら、羊角の少年はその『目標』を、生まれて初めて口にした。
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