【第2章】金と羊はトラブルの目印_008
「今度は何だ?女の子が溶けて……」
すっかり騒動に置いて行かれつつあるローラッドは目を凝らす。
べた、べたとゆっくり歩く幼い少女ファレニアは、肉体が『藍色』の液に溶けているように見えた。
だが、少女は溶けたのではない。
少女の身体から、『藍色』がとめどなく溢れ出しているのだ。
「全員警戒!彼女の『藍色』の体液に触れてはいけません!!」
キスティが号令をかけ、『親衛隊』が揃って後ろに下がる。
その様子を見れば、傍観者になり果てていたローラッドにもその『藍色』が何かは察しが付く。
(毒、だろうな)
おそらく、触れるだけでどうしようもなく致命的な毒液。
それがあの『藍色』の正体なのだろう。
だが、幼い少女が『親衛隊』への接近を試みているところから察するに、ガスが出るタイプじゃない。
「なら近づかなければ大丈夫なのか……?」
思わず呟いたローラッドの目の前で、『親衛隊』のひとりが悲鳴をあげた。
「こっ、こっちに来ないでっ!」
ヒュゴッ!と火球が空気を燃やしながら、幼い少女へと真っすぐ飛んだ。
あきらかに少女が避けられる速度ではないソレの着弾直前。
ローラッドは、ファレニアが微笑んでいるのを確かに見た。
直後、ドパッと水っぽい爆発音が響き、着弾地点の全てをまき散らす。
そう、触れてはいけない『藍色』を。
爆風で舞い上ったそれらは、『藍色』の雨となって降り注ぐ。
「おわぁっ!?」
ローラッドが慌てて飛びのいた地面が泡立つ『藍色』に染まる。
どうやら彼はギリギリ『降雨範囲』の端の方に居た。
だが、不幸にも『親衛隊』の一部は直撃してしまったらしい。
少女たちの悲鳴に輪唱するように、ファレニアはキャキャキャ、と笑う。
「あたったお姉さんたちは『アウト』ね。きゅうごしつに急いだほうがいいとおもうよ。濡れたら『くさっちゃう』から」
「毒液を散らす攻撃は厳禁です!濡れた者を即座に運びなさい!!」
「じゃあつぎはねぇ……」
『親衛隊』の混乱を立て直そうとするキスティの健闘を全く気にせず、無邪気なファレニアは無慈悲に次の攻撃に移っていた。
「まずは『よせる波』」
ちいさな身体から藍色の液が一気に噴き出し、ざばっと『親衛隊』へ向かって流れる。
だが、液は悲鳴をあげる少女たちの手前でピタリ、とその進行をやめる。
「つぎに『ひき波』」
そして、何かに引かれるように逆向きに戻っていく。
(あいつ、マジか!?)
引いていく藍色の波をただ見ている『親衛隊』にはどうやら全貌が見えていないらしい。
だが、少し離れた位置にいるローラッドはすぐにわかった。
『藍色』の濁流が、さっきマリュースが掘り起こした岩盤の、『欠片』と呼ぶにはあまりに大きい塊さえも巻き込み、呑み込んでいるのだ。
間違いない。
少女が次に放つのは、より大きくより凶悪な『大波』。
毒に侵され、岩に潰された人間は、どうやったら生きていられるだろうか?
さらに、キュガッ!と聞き覚えのある音と見覚えのある黄金色の閃光が反対側からローラッドの知覚へと飛び込んできた。
「マリュース!今すぐあの子を止めて!!」
「それは『命令』かァ?じゃあ、力づくで聞かせてみやがれ!ギャハハハハハ!!」
エルミーナとマリュースの戦闘も本格的に始まってしまったようだ。
光線が乱れ飛び、不可視の『手』が周囲の全てを叩き潰す。
(こんなの、命がいくつあっても足りねえっ!)
これが『学園』。
それをまざまざと思い知らされたローラッドは覚悟を決めた。
「『感度自在』っ!」
腿に触れ、筋肉の反射速度を一時的に引き上げる。
地面を蹴り、ローラッドはエルミーナの元へと駆けた。
「このままじゃみなで共倒れにきゃああああ!?」
マリュースの見えない『手』が地面を叩くのを避けながら説得を試みていたエルミーナは、突如腰を抱えられて悲鳴をあげる。
「ローラッド!?こんな時になんですのいきなりこんな事したら大ケガをしますわよ!?」
「放っておいたら大ケガで済むかバカ!いいからちょっと息止めてろ!」
「もごぉ!?」
ローラッドは抱き寄せたエルミーナの鼻と口を左手で覆い、右手を高く掲げる。
「羊野郎!オマエも混ぜてもらいたくなったのか?いいねえ、オレを楽しませろ!」
「悪いがあんたを楽しませていたら普通に死んじまうんでな、パーティはここで中断させてもらうぞ!」
『指輪』がひときわ赤く輝き、夢魔の息子は叫ぶ。
「『気薫赤熱』ッ!」
ぶわっ、と。
羊角の少年を中心に突如発生した赤色の突風が辺り一帯へ広がった。
「なんだ?『風』のプライマルか……?」
未知の攻撃を『手』によって防御したマリュースは何が起きたのかすぐには理解できなかった。
「なにこれ、あまいにおい……んぐぅッ!?」
「ファレニア!?」
だが、『藍色』を『大波』として放とうとしていたファレニアが胸を抑えてうずくまったのを見て、目の前の羊角が『何か』したのを察した。
「テメエいったい何をした!?ファレニアに『毒』は効かねえハズだ!」
「『毒物』じゃなくたって、何事も過ぎれば『毒』なんだよ。いいのか?行かなくて。あの子、苦しんでいる風に見えるぜ」
「……クソッ!」
涼しい顔をしている羊男を睨みつけ、マリュースは妹の元へと駆け付ける。
『手』で毒液を掻き分け、その小さな身体を抱き起すと、異常がひと目で見て取れた。
赤熱した頬。異常に上昇した体温、荒い息。
まるで疫病にでもかかったよう。
だが、こんな短時間で?
「あの羊野郎、何を……?」
見渡せば、隊長のチビ女含めた『親衛隊』のほぼ全員が……正確には、ファレニアの『水』に浸かって運び出され、正門付近から離脱していた連中以外が倒れている。
「あいつらは単純に範囲外……ガス攻撃なんだとしたら、なぜファレニアにも効いている?」
「あに、さま……?」
マリュースの疑問は目覚めた妹の声で中断される。
「ファレニア、目が覚めおわっ!?」
そしてそのまま、大柄な男はあっけなく幼女に押し倒された。
「お、おいどうした?」
「あにさま、あにさま、あにさまっ」
ファレニアの吐息は荒く、体温の上昇は続いていて、頬は紅潮している。
そして、何より目だ。
マリュースは改めて気づく。
なんか目が、というか目線が、なんでこんなにも熱っぽい?
「ファレニア、オマエ何か変だぞ」
「だ、ダメ……あにさまっ」
その疑問が氷解するよりも前に、大男の口は塞がれた。
妹の、柔らかい唇によって。
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