【第2章】金と羊はトラブルの目印_004
「やはり昨日のうちに対処しておくべきでした。反省です」
凛の声の少女は敵意を隠さない物言いで、黒髪の少年に向かって懲罰棒を刀剣のように突きつけた。
ローラッドよりひとまわり低い背丈だが迫力十分。白金色のおかっぱ髪の下に覗く鋭い眼が羊の瞳孔を刺さんばかりに睨みつけている。
そう、ローラッドはこの少女と知り合いだ。
「昨日ぶりだな、『隊長』さん。キスティって言ったっけ?」
「わたしの名前など覚えていただかなくて結構。さあ、お嬢様を解放しなさい。でなければ『駆除』しますよ?」
何十人も『親衛隊』を引き連れた先頭に立つキスティは思い出したように、ニッコリと作り笑いを浮かべる。
もちろんその表情の意味するところは、友好ではなく脅迫である。
「ちょ、ちょっとキスティさん!あなたたちも!」
剣呑な雰囲気を解消しようと、エルミーナは慌てて懲罰棒の切先(?)とローラッドの間に割って入る。
「何をしていますの!?彼も『学園』の生徒なのよ?」
「お嬢様、こやつはお嬢様を汚す『害虫』です。あまり近づかない方が賢明でしょう」
キスティはローラッドから視線を逸らさないまま言う。
「誤解だわ!わたくし汚されてなんか……」
汚されてなんか……いないか?
金髪の令嬢は冷静に昨日から今朝にかけて起きたことを順番に整理した。
・裸にされた。
・眠らされた。
・犬扱いされた。
・裸で(少しだが)同衾し、接吻した。
「……ま、まあ多少はセーフですわよね!お互い同意の上であったし!」
「貴様……!」
エルミーナが余計なことを口走ったせいで、ローラッドを睨むキスティの、そしてその後ろに控える無数の女子生徒の視線がより鋭くなった。
(なんだこれは、地獄か?だいいち俺は同意した覚えなんかないっての)
心中毒づきつつも、ローラッドは慣れない作り笑いを浮かべる。
「な、なああんた落ち着けよ。こんなところではなんだし、後でゆっくり話さないか?」
「話すことなどありません。お嬢様を汚した『害虫』は……」
殺気。
ローラッドはキスティが全てを喋り終わる前に、『感度自在』によって脚部の反応感度を高めた。
直後、一閃。
キスティが素早く薙いだ『懲罰棒』がローラッドのネクタイを掠め、半分から下を切断した。
彼が後ろに跳んでいなければ、どうなっていたことか。
「チッ外したか」
「不意打ち上等とはいい性格してんなっ!」
「『害虫』相手に卑怯もなにもないでしょう」
冷たく言い放ちつつ、キスティはヒュン、と『懲罰棒』を払い、構え直す。
「ただ死、あるのみです」
「クソッ目がキマりきってやがるおおうっ!?」
宣言通りの素早い突きがローラッドを掠める。
「やめてくださいキスティさん!後ろのあなたたちも手出ししないこと!」
黄金の令嬢による号令が、攻撃に参加しようとしていた『親衛隊』の少女たちを押し留める。
だが、キスティだけは止まらない。
白金色の少女は突きの勢いを殺さずにたたたっと素早く駆け寄り、さらに振り下ろし、薙ぎ、切り上げ、払う。
ローラッドは文字通り殺人的な攻撃の嵐をどうにか見切り、ギリギリでかわし続ける。
だが。
(気のせいじゃねえ。あの『懲罰棒』に当たったら斬られる……!)
罪人等への体罰が目的の『懲罰棒』には、もちろん刃などついていない。
だが、目の前で白金髪の少女が振るっているソレには、確かに『切れ味』が宿っている。
導き出される答えはひとつ。
「それ、お前のプライマルか!」
「ええ、そうです」
少年が大きく横に薙がれた『懲罰棒』をどうにかかわして距離を取ったというのに、キスティは涼しい口調を崩さない。
「属性は『強化』。わたしが手にしたものは全て、お嬢様に近づく『害虫』を叩き斬る剣となる」
キスティは『懲罰棒』を大上段に構える。
無いはずの刃がギラリ、と光った気がして、対峙する少年は唾を呑んだ。
現実的にちらつく死の可能性が、喉を渇かしている。
「ローラッド!もうおやめなさい、戦う必要なんかありませんわ!キスティさんも!おイタが過ぎますわよ!!」
どうにか戦いを止めようとするエルミーナの叫びに、キスティは一瞬ぴた、と硬直した。
「やっぱりですか」
フゥ、と深いため息。
「やはり、あなただけは許せません」
そしてわなわな震え出したキスティはローラッドをさらに鋭く睨みつける。
一方の睨まれた少年には、怨念とも呼ぶべき暗い輝きが見えた。
尋常ではない憎悪が漏れ出ている。
(これだけ恨まれているとはな。もしかして俺の『夢』に消えた記憶のどっかでなにかしたか……?)
ローラッドは身に覚えのない怒りに相対する覚悟を決めた。
「わたしは呼び捨てにしてもらっていないのに!」
のだが、直後に耳に入った言葉で盛大にズッコケそうになった。
「もしかして、俺がこうして殺されかけている理由ってそれだけだったりする?」
「それだけ?あなたにはわからないのです。幼き頃からひと時も離れることなく共に育ったお嬢様を、一両日中に奪われた絶望が!」
「別に奪ってなんかいねえよ!」
「問答無用ッ!」
叫び、キスティが素早く、そして力強く地面を蹴った。
戦闘再開だ。
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