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【第5章】藍の迷宮と羊の夢_019

「ファレニアを拘束する……!?」

「そうだ」


 驚愕を声に出すローラッドの方を見もせず、アンナ教官……いや、アンナ()()()()は剣をファレニアに向けたまま端的に返事をした。


「多数の目撃証言があった。『根源資質(プライマルセンス)』発現者、ファレニア・シストキシンが『学舎通り』で暴れていると。我々も実際に、()()()毒液を使って通行人や住人、あるいはその財産を破壊し、傷つけているのを見た」

「そんな……あれは俺がやったも同然で」

「何を言っている、ローラッド・フィクセン・グッドナイト。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 いつもの達観しているような、肩の力が抜けきっているような表情の『先生』ではない。

 アンナ騎士隊長はファレニアを鋭く睨みつけながら、ただ()()を述べる。


「君がこの広場で協力者を募り、その指揮を執りつつ、自らの『根源資質(プライマルセンス)』を活用して暴走するファレニアを止めた。これは私たちが見たものと、それに一致する証言で裏付けが取れている」

「違う。そもそもの原因は俺にあるんだ。この『指輪』の中にいるやつが暴走して……」

「すまないが、君の『脳内設定』に付き合っている場合ではないんだ」

「っ……!」


 ローラッドが見せた真紅の『指輪』には一瞥もくれず、アンナ騎士隊長は少年の獣の瞳へ視線を移した。


「その言動と『根源資質(プライマルセンス)』の()()()で君を悪魔だと罵る者もいるが、私たちは君のプライマルがなんであれ差別はしない。私たちはただ法に則り、行動に報いるだけだ」


 アンナ騎士隊長の言葉は一見公正で、公平で、差別のない『正しい』言葉。

 だが、使い魔(ブラッディ)の力で増幅されたローラッドの『嗅覚』が、その本当の意味を嗅ぎつけた。


「……テル・アルゴノートの差し金だな?」

「……」


 ローラッドがその名を口にしても、アンナは堂々と黙したままだ。

 だがその瞳の僅かな動揺を、血色の瞳は見逃さない。


「そもそもがおかしいんだ。あんたらが駆けつけるのが()()()()。事態が収拾したとたんにファレニアを拘束しに来られるなら、少なくとも俺が広場で戦い始める時点で介入できたはずだ。だけど、ファレニアに不利な証拠を集めていたってんなら合点がいく。そしてやたらと証言にこだわっているけど、それなら俺が事件の発端になっている証言だってあったはずだ。なにせ、俺の『指輪』から紅の瞳(サマエラ)が飛び出したときは参列者たちが新郎新婦から『祝福』を受けている真っ最中だったんだからな」

「……信用できない証言だってある!」

「ならいまここでその『証拠』を見せてもいい」


 ローラッドは右腕を突き出し、騎士たちにその薬指に絡みついた『指輪』を見せつける。


「こいつはさっき俺の支配下に置いた。いま俺が命令すれば、参列者たちが見たものをそのまま呼び出せる。必要ならあんたたちの誰かの精神を乗っ取って『暴走』させるように命令することだってできるぞ」

「なぜだ、ローラッド!」


 アンナはやりきれない感情を露わにし、怒りに震える声で少年に問う。


「君がただ肯定してくれれば、私たちは君を拘束しない。なのになぜ、自分から罪を被るようなことを……!」

「俺は正しく在ろうとしているだけだよ」


 ローラッドは静かに、その問いに応える。


「先生、あんたはどうなんだ?」

「……何がだ」


 そして、異形の角を生やし、魔の翼を背負い、冒涜的な尾を持つ少年は、騎士隊長へ問いかける。


「自分の身可愛さに助けを必要とする者を見捨て、あまつさえ罪を被せるのが、騎士としての正しい在り方なのかって聞いてるんだ」

「っ!」

「ファレニアは何も悪くない、ただ俺の企みに巻き込まれただけの被害者だ。それでも俺を拘束したくない、あるいは()()()()()()()()()()()()なら、ひとつ提案がある」


 少年はゆっくりと、アンナ騎士隊長の方へ歩み寄る。

 周囲の騎士たちの矛先が向けられる中、ローラッドの姿が元に戻っていく。


 角は元の丸っこい形状に。

 翼は消え、尾もどこかへと引っ込む。

 その瞳も、元の黒く、澄んだ色へと還った。


「俺に時間をくれ、具体的には3日。3日後の朝まで待ってくれたら、俺を逮捕して、そのまま法の下で裁いてほしい。その代わり、ファレニアを罪に問わないでくれ」

「そんな頼み、聞けるわけないだろう!」

「聞けるさ。3日後の朝、テルに聞いてみろよ。きっと、なんでそんなに俺を庇っていたのか不思議なくらい、あっさり承諾するさ」

「ぐっ……」

「頼む」


 ローラッドは師の足元に跪いて、頭を垂れる。


「頼むよ、先生」

「そんなこと、私には……!」

「なァ、それならこういうのはどうだ?騎士のセンセーサマよ」


 苦悩するアンナに、さらにガラの悪い声が呼びかける。


「ファレニア・シストキシンを拘束しようとしたが、隣にいる素行の悪い『特異零番(サンプルゼロ)』のガキがキレて何するか分かんなくなっちまいそうなもんで、現場判断で処分の決定を3日遅らせた。その結果、『新証拠』で羊野郎が諸悪の根源だと分かった、とか?」


 笑顔のマリュースは騎士たちに向けて右手をかざす。

 アンナ騎士隊長はその意味するところを、『学園』でさんざん見てきた。


「あーーーくそっ!分かったよ!」


 そしてとうとうこらえきれなくなったアンナは叫ぶと、剣を鞘へと納めた。


「ローラッド・フィクセン・グッドナイト、そしてファレニア・シストキシン!君らは()()()()相棒(バディ)』として行動していた!『相棒』行動中には、両名が同じ法的責任を負う!よって『学舎通り』でファレニア・シストキシンが起こした事件のほか、ローラッド・フィクセン・グッドナイトが『未解明生態保護法』に違反する行為によってダンジョンの価値を毀損するようなことをしていなかったか等、余罪を追加で調査をする必要があると判断した!両名の逃亡可能性は低く、その手段もない!よって、両名への処分の決定は3日後の朝通達することとする!いいな!?」

「あの、先生。俺が言うのもなんだが結構無理が」

「はいと言わなければ今ここでファレニアを拘束するしかない」

「はいっ!逃亡しないことを約束します!」

「ファレニアも!」

「う、うん」


 容疑者2名から言質を引き出したところで、アンナは額に手を当てため息をついた。


「……言っておくが、ローラッド。私の立場はハッキリいって板挟み、だが()()()の方が圧倒的に強い。こんなことをして3日後の朝、君も私もどうなってるか分からんぞ」

「大丈夫、その3日後の朝には何とかなっている算段だから『提案』したのさ」


 対して、羊角の少年は少し笑って言った。


「『取引』してくれてありがとう先生。俺は先生の騎士道についていって良かったよ」

「なんて奴だ……君のような『悪魔』が騎士を目指しているとは、数奇な世の中だよ全く」

読んでいただきありがとうございます!

遅くても3日ごとに更新予定!

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