【第1章】指輪と光と犬とキスと_010
『学園』の生徒には寮が用意されている。
ただし全員が同じ寮というわけではなく、金を積めば敷地内にある高級な寮に住むことができる。
そこからは金を出し渋るほど外の方へと追いやられていき、最終的には廃墟と見紛うほどのボロだが家賃が地を這うほど低いアパートの一室になる。
それはもはや寮ではないのではないか、と生徒からたびたび疑問が呈されているが、一応入居者の身元は『学園』が保証してくれている。
「というわけで、ここの202号室が俺の家だ」
「何これ?犬小屋?」
ローラッドは犬だったのはあんただろ、と言いかけたのをぐっとこらえる。
「あんたの犬が本当にこんな感じのところに住んでるなら悪いことは言わないから小屋を建て直してやれ。虐待だぞ」
「冗談ですわ。にしてもなんというか、火事には気をつけた方がよさそうね。こんなの薪の中に住んでるようなものじゃない?」
他の建物がレンガや石造りを基本としている中、風が吹くたびに軋んでいる2階建ての木造のオンボロ集合住宅を見ればお嬢様でなくても同じ感想が出るだろう。
異常性を改めて指摘され、ローラッドは少しだけ気恥ずかしくなった。
「というかこれ冬はどうしているの。凍えちゃうでしょこんなんじゃ」
「冬?まあ俺もまだよくわからないが、お前が気にすることでもないんじゃないか。それじゃ。送ってくれてありがとな」
ローラッドはエルミーナに別れを告げ、ひらひらと手を振って歩き出した。
が、何やら服の裾が引っ張られている感じがする。
振り向くと、他でもないエルミーナが彼の服を掴んでいた。俯いていて、表情はよくわからない。
「……なんだよ」
「あの、その」
強気な態度はどこへやら、エルミーナはもじもじとするばかりでハッキリしない。
ローラッドは黙って返答を待ったが、ふと彼女が何を言いたいのかに思い至る。
「トイレならあっちの端にあるやつだ。ちょっと汚いから学園の方に慣れてるあんただと使いたくないかも」
「別におしっこを我慢しているわけじゃないっ!」
キュガッ、と照れ隠しにしては火力のある光線が夜空へ消えた。
変質した空気と光線が掠めた髪の焼ける匂いに顔をしかめつつ、ローラッドは「じゃあなんだ?」と問い直す。
「わたくしは……えーっと、そう!足が痛いのです!」
「足ィ?それと俺とに何の関係が」
「ごらんなさい、わたくしのお靴を。この、かかとのとこ。それなりのヒールがついているでしょう?」
エルミーナは片脚でぴょんぴょん跳ねながら、もう片方の靴の裏をローラッドに見せようとして足を持ち上げた。
謎めいた言葉遣いと見た目と動作がそれぞれ反発し、品のあるなしが完全にカオス化している。
「これであなたに付き添ったものだから、もう足が痛くて仕方ないの。だから、あなっ、あなたの部屋に入れてくれるかしら?」
「入ってどうするんだよ」
「きゅ、休憩しますわ。足が痛くなくなるまで」
「おことわ」
「あと!あなたにマッサージもしてもらおうかしら!!さあ部屋に案内しなさい。ここで歩く光害と化してしまってもわたくしは一向に構わないんですのよ!?」
「お、落ち着けって」
ローラッドは思考する。
食い気味に脅しを仕掛けてきたエルミーナが正常な状態だとは考えにくい。おおかた何か企んでいるのだろう。
だが、何か下心があるとしてもここまで付き添ってくれたことは事実だ。
それに、実力行使に出ると宣言している彼女を追い払おうとすれば再びプライマルを使うことになるが……どうしても今は使う気になれない。
ローラッドは結論がわりにため息をついた。
「足の疲れが取れるまでだぞ」
「部屋にお招きしてくれるってこと……?」
「仕方なく、だ」
エルミーナの表情がパッと明るくなる。
「おほほほ!当然でしょうとも!さ、とっとと案内なさい」
「はいはい……外階段は何枚か板が無いからコケないようにな」
「わ、わたくしがそんなヘマをするように見えますの?」
「今ついている板も抜けないとは限らないし、念のためな。それとあんまり騒ぐなよ。今日はいないみたいだが、他の部屋にも住んでるやつがいるんだ。目を付けられると面倒だぞ」
「こちらから面倒をかける可能性があるという意味でなく……?ちょっと、待ちなさいよ!」
ローラッドは返答せずに階段を上がる。
エルミーナもそれに続くが、踏む板を一枚ずつ慎重に確認しながら上るため非常にスローペースだ。
「おせーぞ」
「板が外れるってあなたが脅かしたんでしょ!?こちとらただでさえ足元なんか見えないのに、慎重にもなりますわよ!」
「足元くらいあんたのプライマルで照らせばいいじゃねえか」
「そうですわねっ!!!もう、どうしてわたくしはこんな殿方と……」
「?」
ローラッドはぼやくエルミーナが追いつくのを待たずに自室の鍵を開けた。
「勝手に入って来いよ」
まだ外にいるエルミーナに声をかけつつ、自室奥の机に置いたランプに火をつけ、ひとり用のベッドに腰かける。
改めて考えると、部屋に他人を入れるのは今回が初めてだ。
部屋にはひとり用のベッドと机のほかにはこれと言って物がない。一応着替えをひっかけてあるクローゼットとソファくらいはあるが、それ以外には暖炉すらなかった。
ローラッドは先ほどエルミーナに言われたことを思い出す。
「冬……マジでどうすんだこれ。布団で寒さをしのぐったって限界があるぞ」
この建物に暖炉付きの談話室などというものはない。
わりと真面目に、外でたき火でもするのだろうか?
「お、おじゃまします!」
ややあって、ようやく階段を上がってきたエルミーナが部屋に入ってきた。
遠慮がちにドアをしめ、部屋を少し見渡して一言。
「なーんにもないですわね……」
「最果ての寮へようこそお嬢様。さ、出迎える品など何もありませんが、そこのソファに腰かけて、いくらでもお寛ぎやがってください」
「まあ、良い方に考えれば何にもない方がこれからいろんなものが置けて好都合よね」
「そう言うこともできるか?とはいえ何かを置く予定は」
カチャリ。
ドアに鍵がかかる音がした。
「……あれ?エルミーナ、あんたいま鍵を」
「ええ。今更逃げられたら困りますもの」
「なんっ!?」
ローラッドが事態に気づいたときにはもう遅い。
鋭い閃光が彼の網膜を焼いたかと思うと、次に目が見えた頃にはすでに両手首を抑えられ、ベッドに押し倒されていた。
柔らかな感覚が胸部に重くのしかかる。
「てめえなんのつもっ」
「わたくし、夢を見ていましたわ」
意外なほど強い力で彼を抑え込みつつ、エルミーナは語る。
「ここちのよい夢でした。わたくしはかわいらしいわんこちゃんになっていましたのよ。飼い主の殿方と一緒に探し物をする夢……」
ローラッドは彼女が言わんとしていることに察しがついた。
だってみるみるうちに、少女の真白い肌が紅くなっていく。
「探し物は指輪でしたわ。赤い宝石のついた指輪。ちょうどいま、あなたがしているような……!」
エルミーナは震える声で、しかし覚悟の決まった表情で告げる。
「責任、取ってもらうわよ……!」
その目は爛々と輝いていた。
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