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位相  作者: 尚文産商堂


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7/64

13°

 予報では朝から雨だ。それは知っている。そもそも目が覚めるよりも先に、雨が降っていることがわかる。窓が開いていなくても、ただ冷気がスッと体を撫でていくからだ。まだ窓を開けるほど暖かくはないのが幸いして、外は濡れていても部屋の中まで濡れるようなことはない。ただ、湿り気はすごい。床一面に除湿剤でも撒いておいた方がいいかもしれないほどだ。

 ベッドから這い出る代わりに、手を伸ばして適当に触っていく。すると跳び箱の一番上のものの形をしたような目覚まし時計にぶつかる。カチリ、とまずは時計の時報機能を止め時間と日付を確認した。今日は7月4日、月曜日。起きるにはあと数分ほどの時間が残っていた。数分ではまた寝る、ということは無理だろう。今日は少し早いが起きることにした。

「ふぁ~」

 無意識にベッドに腰掛けて腕を伸ばしての伸びをする。凝り固まった全身が少しばかりの緊張と張りを残していい感じにほぐれていくのがわかった。また、あくびも一緒に漏れ出ていく。必要なのは酸素、それと二度寝だろう。ただ、二度寝についてはあきらめるほかない。酸素については、動いているうちに自然に体内に補給されるはずだ。俺は思いつつまずは立ち上がって洗面台へと向かう。話はそこからだ。


 朝飯はいつもトーストにバター、それと野菜ジュースだ。トーストといっても買ってくるのは6枚切りのコンビニで売っている食パンで、それをテレビを見ながら食べる。テレビでは手野テレビの朝のニュース番組をしていて、遠いどこかの国で争いやごたごたが起きていることや、可愛い動物特集みたいな動画を垂れ流している。結局、いいニュースといえば、せいぜい税金を減らしていくことを政府が明言したっていうことぐらいで、ほかには暗い世相を反映するようなことばかりを話していた。心なしか、伝えているアナウンサーの表情もいつもよりも明るさがないように見える。

 いってきます、と親に声をかける。もう父親は仕事に行っているから残っているのは母親だけだ。小さな庭にある点々と置かれた敷石を踏みながらも外の道路を見ると、同じ高校の制服を着た女子が一人、傘を差しながら俺のことを待っていた。

「おはよう」

「おう、おはよ」

 横格子の、胸くらいまでしかない扉を開けると、外界と内部の境界はなくなる。必要以上に開けることはないが、彼女に当たらないようにしつつ、ゆっくりとした動作になる。カチャンと軽い音がすると、ジーコと内部の歯車が回り、自動でカギがかかった。

「今日は何かちゃんと起きてるのね」

「いつもそうだろ。俺は目覚めはいいんだからな」

 歩道がない路地を歩きつつ、たまに通る車をよけながらも同じ高校を目指す。彼女は俺の幼馴染の久崎あんずだ。近所にある保育園で母親どうしが親しくなり、それ以来の仲だ。今となっては唯一無二の存在といっても構わないほどだ。

「あれ、そうだっけ?」

 そう思っているかもしれない、でも目覚めは良い。今日は特によかったというのはあるが、それともあんずには違う印象があるのかもしれない。

「……ねぇ、どうかしたの。なにか浮かない顔してるけど」

 思わずあんずが歩きながら俺の顔を覗き込んできていた。

「いや、なんでもない」

 過去に見た夢の話はやめておこう。事故った時の話なんて、今話すようなことじゃない。


 学校につく前に雨は止んだ。

「じゃあ私はこっちだから」

「おう、また後でな」

 歩いていくのは、手野市立手野高等学校の校内だ。かなり昔には男女別だったといわれていたが、今は統合されて単なる普通の、どこにでもあるような共学高校の1つだ。何度かの改修工事を経て、今となってはどっちがどっちだったのかという境はもうわからない。そういうこともあって、俺とあんずはクラスこそ違うが、横並びの同じフロアで授業を受けている。

「あ、そうだ言い忘れてた」

 俺らのことはみんなよく知っている。だから、だいたいについてはいつもの光景として考えられることも少ない。だからこれもそんなよくある日々の景色だ。

「どうした」

「今日、料理部休みなの。だから、今日は私がそっちに行くね」

「そうなのか。どうかしたのか」

「顧問が抜けられない用事があるんだって。だから」

「ならしょうがないな。いいぞ、見学ってことで寄ってくれば」

「分かった、じゃあ後でね」

 バイバイと小さくあんずは手を振った。それからクルッと体を反対向きに直し、少し制服のスカートの裾を揺らしながら別の教室へと入っていく。それを見届けてから俺も俺の教室へと向かった。


 放課後、そういや今日は昼休みに俺のところにあんずは来なかったことをふと思い出しつつも部室へと向かう。あんずはあんずでいろんな友人たちがいるのは間違いない。その多くは知っているが、全員を把握しているわけではないし、把握する必要はないと考えている。それはあんずのプライバシーの範疇だ。

 運動部にいる俺だが、今日は朝の雨のせいでグラウンドの一部が使えないらしい。ぐるっと一周400メートルを超えるグラウンドだが、その向こう側には野球部用のマウンドがあるし、別のところにはテニスコートも4面ある。そういやグラウンドの端っこにはコンクリートの地面になっていて、バスケットコートもある。良くも悪くも、かなり巨大に造成された高校だということだ。さすがに迷子になるほどではないが、噂ではできた頃にはそういう先輩もいたという。

「今日はこっちかぁ」

「うだうだ言うなって。グラウンドが使えるだけマシだろうさ」

 友人ズと話をしながら、必要な物品の確認なんかを行う。グラウンドの端にある野球部用の領域は、水はけが悪いのか、まだまだ濡れたままになっていた。一方の俺らがいるところは、ちょうどグラウンドの対角線になるような場所だ。木々も茂っていないからか、すっかりと乾いていた。そこで顧問と部長が相談して、陸上部の俺らがグラウンドを占拠する形になったというわけだ。俺は一応は短距離で走っている。ただし、110メートルハードルだ。友人との準備というのも、一直線になるようにラインを確認しながら、ハードルを定位置に置いていくということだ。面倒だが、これをしないと練習することもできないため、仕方がなしにしているところはある。

「ところで、さ」

「ん?」

 声をかけられて、俺は校舎の方をみる。あんずが、ぼんやりと座っていた。ちょうどグラウンドと校舎は50cmくらいの階段が4段ほどある。その一番上に、荷物を傍らに置いて空を眺めているようだ。

「行ったれよ。それともお楽しみは後にしとくか」

「今は部活だろ、こっち優先。当然だろうさ」

 それをせずして、顧問に怒られるにはごめんだ。そう思って俺は友人たちへと答えた。当たり前のことだが、彼らもそのことはわかっている。ただ俺とあんずのことをからかっているだけだ。ただ言葉が聞こえたのか、あんずは俺の方を向いて、雲間から溢れるスポットライトを浴びながらこちらへと手を振ってくれている。えへへ、とでも声が出ていそうな表情だが、いかんせん、ちょっと距離があってそこまでは聞こえなかった。

「ほら手を振ってくれてるぞ」

「部活だ、準備するぞ」

「照れんじゃねぇよ」

 言いつつ、奴らと笑い合っていた。どうやらあんずのところへ行けるのは、しばらくかかるらしい。


 しばらく、というのは、はっきりとした時間ではない。ただ放課後として部活ができるのは、少しの例外の時期を除いたら、午後5時か4時半のどちらかとなっていた。時間が二つあるのは、冬期と夏季で校門閉鎖の時間が変わるからだ。冬場が4時半で、それ以外の時期が5時だ。俺もみっちりと練習をしたおかげで5時まであんずを待たせることになった。

「そいじゃぁまた明日な」

「おうまたな」

 友人らとは校門を出たところで別れる。やつらは俺とあんずとは違って、逆方向に帰る連中ばかりだ。ちなみに、そっちの方向にはスーパーが1つあって、高校生は少しだけ割引があったりする。それを狙って俺も向かうことがあるが、今日はやめておいた。あんずがいるからだ。

「……ねぇ、私たち、前もこんな風にして別れなかった?」

「いつものことだろ」

 玄関へと一歩足を踏み出す俺を呼び止めるあんずに、俺は簡単に答える。そう、ただ確かにいつもにしては違和感を覚えている。たしかこれって。

「デジャヴとかいうんだっけか。こういうのって」

「そうそう」

 あんずが答えてくれる。ただ、確かにこの会話、以前は逆だったような気もする。俺の記憶もあてにはならないが、そんな気がするだけだ。

「まあいいさ、また明日な」

 ともかく家へと入る。そう考えた俺は手を振りながらあんずと分かれる。ともかく今日も一日頑張ったのだ。明日はきっといい日になるだろう。それを期待しながら。

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