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本能的だろう、目をぎゅっとつむっていたが、まだ意識がはっきりとしていることを確認すると、おずおずと目を開けていく。すると、目の前には空間がある。まだ死んでいるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「ご機嫌のところ悪いのだが」
ようやく起きたと確認するのもつかの間。知らない男性の声が俺の耳に入る。誰か、と思う前に目の前ににょきッと生えてきた。少なくとも俺の目から見ると、地面から髪の毛、それから顔、さらには胴体両手、最後に足と靴という順番で生えてきたようにしか見えなかった。
「ああ、紹介が遅れたね。僕はスタディン。君にとっては、異世界の住人、といったほうがわかりやすいかな」
空間は白色から地面ができ、それが草原となり、遠くには鳥の声も聞こえるようになった。草原にはこれも気づかない間にログハウスがひとつ、その玄関前に置かれた白色の丸いテーブルに、4つ足の、まるで小学校の図工室にでも置かれているような何の特徴もない木の椅子が3脚あった。
「君のことは、よく見ていたよ。ここによく来てくれたね。歓迎するよ」
座ってもらってもいいかな、とスタディンが促す。俺が一歩足を踏み出すと地面の感触がしっかりと感じられた。ここが夢の世界だとはまだ信じられない。スタディンの服装はいわゆるクールビズのような感じだ。着たことはないが、見たことはある。
「そうだ、君は紅茶は好きかね」
「え、はい」
飲まないわけではないが、そういえば好んで飲もうとは思わない。まだ、オレンジジュースや麦茶の方が好きだ。そういえばカフェラテだって牛乳多めの方がいい。
「ふむ、ミルクティにしようか。ちょうどいい茶葉が手に入っていてね」
スタディンはくるんと右手の手のひらを空へ向けると、ジップロック入りの茶葉がどんとでてきた。1キロはあるんじゃないだろうか。コップは200ミリくらいは入るティーカップがソーサーに乗って、机の上に置かれている。それも3セットだ。全部が白い陶器というところまでは分かるが、どこの陶器かといわれたら、詳しくないからわからない。
「ディンブラとウバのブレンドだ。とてもよく濃く煮出して、低温殺菌牛乳とあわせると、とてつもなくいい雰囲気になってくれる。一杯いかがかな」
結構です、と言いたいところではあるが、この雰囲気、飲まないわけにはいかないようだ。計量スプーンのようなものに山盛り4杯。これもどこから出てきたかわからないティーポットにどさどさと入れていく。
「そして熱湯を」
ティーポットの上から突然お湯がなみなみと注がれていく。決まった量があるのだろうが、スタディンは目分量で事を運んでいた。
「……そして、保温を」
入れ終わると茶葉入りのジップロックは空中に投げ、途中で消えた。代わりに、手を叩くと、まるで鍋つかみのようなものを、両手の中から出してきた。まるでマジックショーでも見ているような感じだ。その鍋つかみもどきは、ティーポットをまるまる覆えるようになっていて、そっとスタディンはかぶせた。かぶせると同時に、砂時計がコトンと音を立てて現れ、時間をはかり始めた。
「……さいごに、来客をもう一人」
ポンと背中から風を感じると同時に、声をかけられた。
「かなめくんっ」
声から一瞬遅れて足音と、その声をかけた本人が、久崎あんずが俺の背中を抱きしめた。
「いらっしゃい。まだ君らはわからないことだらけだと思う。でも、いったん座って、紅茶でも飲んでほしいんだ。質問については、答えられる範囲で答えてあげよう」
首を曲げてあんずをみると、高校の制服を着ている。なんでかはわからない。
「……あんた、だれ」
けんか腰でにらみつけるあんずであったが、スタディンはにこやかに応対する。まるで慣れきっているという感覚だ。
「スタディン、という。君らはいま、君らの世界から離れたところにいる。まあ、座って。紅茶でも飲んで落ち着いてもらわないと、話もおちおちできないからね」
人のよさそうな人だ、スタディンへの第一印象はそうだった。そして、優しい物腰にあんずも椅子に座ることで答える。ただにらんでいるのは変わらなかった。




