139°
はっと気が付く。エレベーターに乗った記憶はある。そのあとは、ただ上昇を続けた。そしていつの間にか気絶をするぐらいに加速がついていたのだろう。
「いてて……」
仰向けになって倒れている。でもエレベーターは今は止まっているようだ。天井の、ホテルにしては質素な、ただの蛍光灯が縦ラインに2本だけついている天井を見上げながらも、体中が痛い。但し、生きている、少なくとも意識がなくなって気がつくことができる状態になっている。
右手、左手。右足、左足。とそれぞれの手足が動くかどうか、力を入れたりしたり、左右上下に動かしてみたりする。少しは痛むものの、骨が折れたような感覚はない。もっとも、骨折したことはないけど。
「よし」
どこに来たのかはわからない。ようやく起き上がって軽く伸びをしながらもエレベーターの扉のすぐ上にある階数表示は888とデジタル表示されている。残念ながら壊れてしまったようだ。ただ、電機は着ているようで、エレベーターの中も、階数表示も間違いなくついている。となれば、と思って、まずはドアの開くボタンを押してみる。ガチャン、と派手に皿でも割れるような音がすると、ドアがギギギィと右へと開いた。
「えー……」
壊れそうだと思って思わず飛びのきながら、それでも外へと出てみないとわからない。そっと足を差し出しながら、エレベーターの外へと出る。地面はある。土のような感触が、足の下、スリッパから感じる。そういえば靴はどこかに行ってしまったのかもしれない。部屋を出てからというもの、部屋付きのスリッパで動いているのに、今気づいたからだ。
「誰かいませんかー」
今までのことを考えると、ここもどこかだということなのだろう。ホテルのエレベーターを出ると、土の上をてくてくと歩く。真ん中にずっと続く長いあぜ道があり、左と右には一定の大きさで仕切られた畑がずらっと並んでいた。端が見えないほどの長さがある。電気の類は一切なく、ただただ長い道が続いているだけだ。声をかけても誰も返事はないし、それどころか、畑はしばらくだれも手を入れていないかのように、うねうねと草が無秩序に生えているだけだった。
「うーん……」
日差しは緩やかにある。ゆっくりと動く雲間から優しく降り注いでいた。畑に当たって、緑が目に優しい。さやさやとした風は、その葉を揺らして世界に動きを与えていた。
この時点で、戻ればよかったのだろうが、そう思って振り返ってもエレベーターはもうなかった。どうやら前に向かって歩く以外に選択肢は残されていないらしい。ため息交じりに、面倒と思いながらも俺は歩くしかなかった。
てくてくと歩いていくと、畑にもいろんなものが植えられていたことがわかってくる。場所によってというよりか、ただランダムに高校の家庭科の授業で見たような植物を目にすることができたからだ。輪作や耕作障害といったもろもろは、この世界には存在しないらしい。ただ、採る人もいないからこその出来事だとも思った。
「……ん?」
ようやく世界に目が慣れたのか、遠くの景色も見えるようになる。すると、通路の脇に何かがあることを見つけた。まだ距離はあるが、小屋のような、バス停のような形をしている。まずはあそこに行くことにする。ほかに選択肢はないからというのが一番の理由だった。
しばらく歩いてようやくバス停に着く。停留所のようで、屋根付きの物置のような小屋に見える。ただし、通路側は全面開放で、窓やドアのようなものもない。ただ、ここがバスだというのがわかったのは、内側に貼られた時刻表のためだ。
「何とか、バス停。時間は、いや今は何時だ」
時刻表の上側に、このバス停の名前が書かれているようだが、それがすでに風化していて読めない。時間は午前6時台に2本、午後4時台に1本と午後6時台に1本のあわせて4本だけしかない。ただ今の時間はわからない。ただ太陽も出ているから午前6時でも、午後4時以降でもないだろう。しいていうなら正午かちょっと過ぎくらいの時間だと思う。小屋の中には4つ足で、丸い天板の椅子が3つ置かれていた。そのうちの一つに腰掛けて、教科書で見たことがある、ちょうど座高でも図るかのような形になる。時間がくるまで少しだけ休むこととする。壁に頭をもたれさせると、あっというまに歩き疲れていたのか、瞼が重くなってくる。
ふぅ、と息を吐きつつも、あとはゆっくりと眠りについた。




