90°
装置にはあらかじめ水のような液体が、俺の体のちょうど半分が浸かるくらいまで入れられていた。
不思議と気持ち悪さはない。
服ごと入っているから、まるで着衣水泳のような雰囲気になっているだろうが、それが気にならないようになっているようだ。
温度も感覚がなくなる、いわゆる人肌というものなのだろう。
――バイタル安定してます。実験、いつでもいけます
――相手は
――もうすぐです
と、そこで看護師らの言葉が一瞬途切れる。
ちょうど部屋へと誰かが入ってくるのが聞こえたからだ。
――おまたせしました
――ああちょうどいいタイミングですよ。こちらへ
てきぱきと何かを動かしていく音が聞こえる。
――すでに説明を受けていますよね
――はい
――では、危険性についてもご理解しておられますでしょうか
――はい
――その危険性を理解したうえで、今回の治験に協力をしていただけるということで、よろしいでしょうか
――はい
はい、と短く、確実な意思をもって返事をしているのは、予想通りに久崎あんず、その本人だ。
何か知らないが、今からたくさんのコードにつながれていき、何かをされるということらしい。
頭にもたくさんの何かを付けられていき、同じような装置の中へと体を沈めていく。
――今から蓋が閉まります。蓋が閉まりますと5秒ほどしてからガスが出ます。人体には影響はありませんが、落ち着いた雰囲気にあることでしょう
最後の手順の確認のようだ。
久崎に対して、看護師が話しかけているらしい。
――この装置の中には内臓スピーカーがあり、私たちの声は全て聞こえるはずです。一方で、マイクもあり、貴女が発する声も全て聞こえ、また録音されます。ガスは鎮静効果があり、恐怖を和らげてくれます。一方で、さらに10秒ほどすると、今度は麻酔ガスが充満します。これにより、2人の意識をわざと混濁させ、装置で共通の夢を見ていただきます
――分かりました
もう久崎の姿は全部が装置の中へと入ったようだ。
ただ看護師との会話だけが静かに聞こえている。
――あなたの目的を、もう一度教えていただけますか
――私は、あの子を、岩餅かなめを助けにいきます
――では良い夢が見れることを切に願っています
プシュンと音が聞こえて、みるみる間に装置のドアが閉まった。




