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雨は降り続いている。結局は天気予報通りに明日か明後日くらいまでずっと雨が降り続けることだろう。
憂鬱な月曜日、俺はその中でもどうにかしてベッドから重い瞼をこすりつつも頭をあげる。それから何秒かの間を開けて、ピピピッと電子音が鳴り響く。スヌーズ機能でもう一度ならないように目覚まし時計はオフにした。
「ふあぁ………」
あくびを一つ、ベッドの中でする。眠りからようやく光へとスイッチが入りつつある頭を左右へわずかに揺らしながら、やっと起き上がった。
朝飯も簡単にゼリー飲料で済まし、さっさと家から出る。
「おはよう」
玄関の奥、庭と外界を隔てている胸くらいまでしかない網網のドアを出る。すぐ前には一人の同じ高校の制服を着た女子が立っていた。
「おう、おはよ」
幼馴染の久崎あんず。幼稚園のころに引っ越してきて、それ以来の仲だ。近所といっても家は3軒ほど離れたところにある。ただあっちこっち遊んでいくには不自由しない距離だ。
おかげさま、というべきなのか、一番の大親友といってもいい距離間である。
「今起きたとこって顔ね」
玄関の網ドアを閉めるとすぐに横へとやって来た。それから俺は彼女の歩幅に合わせて歩き出す。ゆっくりゆっくりだが楽しい朝だ。
「うるせー、ギリギリまで寝てたいんだよ」
笑いながらも話に返す。傘に打ちつけてくる雨音はわずかで、思考を遮るほどにはならない。結局のところ、これがいつまでも日常として続いていくことを、俺は心のどこかで思っていた。それは間違いがない。でも、高校を卒業するまではこれで行けるとして、これ以上はどうなんだ。結局、大学は別になるかもしれないし、いつの日か引っ越していって、ばらばらになるかもしれない。それが俺は怖かった。
「……ねぇ、話聞いてる?」
歩いている最中、ぷぅと頬を膨らませて、まるでリスのようだ。
「ああ、ごめんごめん。なんだっけ」
すっとぼけているように見えるだろう俺のことはさておき、彼女が何を言っていたのかを確認する必要がありそうだ。
「もうすぐ修学旅行でしょ。その班分け。一緒にするでしょ、あとは誰を呼ぶかって話」
「まあ、いつもつるんでる連中になるだろうさ。結局のところ」
いつもだいたいは俺と彼女、あとは友人の4、5人で一緒になっていることが多い。だから修学旅行でもきっと同じことになるだろうと、俺は思う。
「だとは思うけどねぇ」
なにかあるような雰囲気だ。でも、そればかりは聞いたところで答えてくれないかもしれない。だから俺は何も聞かなかった。
学校は手野市立高等学校。少し前までは男子校、女子校と分かれていたけども、今は統合された。敷地も横並びで、1年生は旧女子高、2年生、3年生は旧男子校側で授業を受けることになっている。特別教室はそれぞれで別々なものを使っているからか、あっちこっちと歩き回る羽目になっていた。
授業は単調そのもの。こういう時にはよく夢を見ることが多い。白昼夢といってもいいものだが、だいたいは荒唐無稽なものばかりだ。誰もが一度は通るだろう、ヒーロー願望の発露といってもいい。難しい言葉をたくさん使えば賢そうに見えるとか、だれか悪人が突然学校を占拠して、それを一人で倒すとか。そういうものだ。
退屈な授業も終わり放課後になると、それぞれ部活や帰路に就く。帰宅部も何人かいるが、大多数はどこかの部活に入っているから、その部室へと向かうことになる。俺は運動部系に入っているが、彼女はというと料理部だそうだ。
「でも、なんで料理部なのさ」
俺が昔聞いてみた。そうしたら彼女は。
「簡単よ。誰かがご飯を作ってあげないと、死にそうなことをしている人のために」
そう彼女は答えた。それが何を意味するのか、言いたいことは薄々とわかっている。どうせ俺のことだろう。それが証拠に、料理部で作ったものは、だいたい俺のところへと持ってきてくれる。今日だってそうだ。部活が終わるとすぐに部室の近くで待ってくれている。いなければ、俺の方が料理部の部室へと行くことだってある。
「……それで、お前ら付き合ってないって本当か?」
あるとき、そんなことをしているとつるんでる連中から話しかけられた。
「まださ」
「いいじゃんか、彼女にしちまえよ。お似合いさ」
「……いつの日にか、な」
今日もそうだ、結局答えははぐらかす。そうして、この薄い関係性をさらに薄くなることを恐れ、濃くなることに怯えている。
夜。寝るときになるといつもラジオを聴いている。FMラジオで、大阪の放送局だ。春になれば、いつもリスナーのための曲を作ってくれている。それが嬉しくて、ついつい聴きながら勉強をしてしまう。
でも、今日はダメだ。なんだか考えがまとまらない。結構考え続けても、今の彼女との関係性がこれでいいとは思えない。でも、あと一歩、その一歩が踏み出せれない。
「あーあ、もういいや。寝よ寝よ」
昔から偉人たちが言っていること。考えがまとまらなければ、さっさと寝ろ。これを実行する時が来たようだ。勉強机の上をさっさと片付けて、ベッドへと戻る。目覚ましはいつもの時間にセットして、するすると布団を被った。
おやすみ、また明日。と、誰かに声をかけながら。俺はゆっくりとベッドに埋まっていった。