89°
雨が降っている、すくなくとも音ではそう判断できた。外を見ずともどれだけの雨なのかははっきりとしている。大雨、とまではいわなくても小雨と表現するには多く降っている。その程度の雨だ。ベッドわきにある壁に貼った1か月カレンダーをみてみると今日は7月4日月曜日。赤ペンで創立記念日と書かれているのを確認して、安心して天井を見上げながら今日はどうしようかと考える。
「あー、でも宿題しておかないとな……」
俺は独り言を言いながらも、やっぱりベッドからむくりと体の上半身を起き上がらせる。ずるずると重力に従って布団がずり落ちていくが、それをペイッとベッドの俺がいなくなる空間へと投げ捨てた。結局のところ、無理にでも体を起こさなければならないことがなければ、こうして起きていくこともないのだろう。
起きてからの日課にしている、勉強机の端に置いた古ぼけたラジオを付けると、いつものように手野ラジオの元気なトークが聞こえてくる。ただ、今日は何か雰囲気が違うのは、つけた瞬間から理解できる。
「えー、みなさんに大切な、とても大切なお知らせがあります」
パーソナリティは今日は女性の人のはずだ。たしか、久崎あんずという名前だったような気がするが、確かに覚えているとは断言できない。
「なんとこの番組、『朝のあんず味ラジオ』は、今日をもって終了ということになります。というか、急な話なんですけども、お国の方からの要請で、このラジオ局自身が変わることになるんですよね」
えっと思わず声が出てくる。思わず着替えようとしていた手を止めて、椅子に座ってラジオをじっと見る。声も姿も知らないけれど、なんとなくきれいな人だという印象だけはあった。でも急に終わるなんて思ってしまう。
「そうだよね、きっとみんな固まっちゃってると思うんだけど。今、欧州大戦がとんでもない規模で広がって言うっていうのは、いろんな新聞で書かれているから知っていると思うし、もしかしたらお友達とも話し合ったことがあるんじゃないかな。それと関係ある話なんだけどね。ここだけの話、いろんな電波が駆け巡っていると、こっちの情報が向こうへと伝わっちゃうことがあるらしいのよね。いわゆるスパイ?っていう人もいるんだって。それでこのラジオ局の放送は今日まで。今日の12時になると、ほかの民放各社も一斉に閉められて、ただ国営放送だけが唯一放送を公認された公式放送になるそうです。なんで、みんなとこうしてお話しできるのも、今日が最後ってことかな」
そうなんだ、と思うしかない。そういえば確かに欧州大戦は今や欧州と呼ばれている範囲を超えて広がっているという。もうかれこれ10年は簡単に超える年数の戦争になっていて、泥沼というよりも底なし沼のようになっている。誰が始めたか、誰が終わるのかなんて言うことはもう関係がないのだろう。ただしているだけでなんとかしているようだ。
「じゃあ最後の曲ね。渋い一曲かもしれないけど、タイトルが好きなの。なんといってもどんだけ倒しても起き上がってくるっていうそんな意思があるような気がするのよね。作曲者がどう考えているかはわからないんだけどね。じゃあ聞いてください。カール・ニールセン作曲、交響曲第4番不滅」
聞いたことがない曲だった。でも、なにか聞き入る曲だ。タイトルから入ったというよりかは、いつも聞いているラジオの人が教えてくれたからということもあるんだろう。宿題は後回しだ。ベッドに戻ってラジオをつけっぱなしにして、それから曲に耳を傾けていた。しだいにうつらうつらとしていたようで、ふと、眠っていたようだ。