51°
豪雨が降っている。それはマシンガンのごとくの大雨だ。風も吹いているかのような、そんな吹き付けている音が聞こえてくるので、目が覚めたのかもしれない。もはや台風が来たといっても信じてしまうかのような大雨が吹いていると、ピロンピロンとスマホが何かの警報を知らせてくる。
「……まあ、だろうね」
ベッドから2、3歩歩いて、勉強机の上で充電していたスマホを手に取り、メッセージを読む。察しの通りに、大雨、暴風、洪水の各警報が出たというものだった。今、俺がいる手野市では、手野市が独自に防災アプリを配信していて、それを見るだけで、今の状況がわかることになっている。俺も例に漏れずにこのアプリを入れている。それによれば、警報が出たことで高齢者等避難の情報が出たっていうことが分かった。とはいえ、今の俺には関係がないことだ。むしろ、警報が出たっていうことで来るだろう、学校からの連絡が今や待ち遠しいまである。今日は7月4日月曜日だ。月曜日という週の初めからこうであったのなら、きっと今週は荒れるだろう。
「……お、やっときたか」
メールが来た合図の着メロがなる。それを聞いて、スマホを改めて確認すると、期待していた通り、警報が出たから午前中は休校になるという話だった。当然のことだと思い、スマホから今度は勉強机の下にある大型のデスクトップコンピューターの電源を入れる。現在あるeゲームでも全く十分に稼働し続けることができるほどのハイスペックゲーミングパソコンだ。ただ、今日は静かなもので、まだいつも起きるよりも早い時間だったせいか、知っている人は、誰もインしていなかった。今しているゲームは『7th World』というゲームだ。今は簡単なMMORPGだが、将来的にはVRを含めた極めて大規模なものにしたいらしい。ストーリーは、7つある大陸にいる全ボスを退治して、最後に現れた裏面である8番目の大陸にあるといわれている財宝を目指すものだそうだ。ただ、1つ1つの大陸のボスは極めて強く、1つの大陸ボスですら苦労する。今まですべてのボスを独力で倒した者はおらず、それどころか半数のボスを倒したとされるものもいないほどだ。
「……ん?」
とここでゲームを開いて誰かがチャットで俺に話しかけてきているのに気付いた。誰だ、と思ってとりあえずは挨拶をする。一応はつたない英語を最初は使っていたが、途中か相手も日本人だということがわかって、日本語に切り替えた。
「こんにちは」
「こんにちは、私のこと見える?」
「どういうこと」
「私はあなたに話があってきたの。聞いてくれる?」
ともかくこういうネットゲームのチャットにはよくわからない連中が湧く。今回も、俺に直接話しかけたいといってきているが、そこまで俺は有名なプレイヤーじゃない。こういうときには、さっさとブロするのが吉だ。ただ、次の言葉で一瞬止まる。
「あなたは私のことを忘れてるかもしれない。けど私は久崎あんず。聞き覚えがあるはずよ」
ないといえば違う。彼女は俺の幼馴染だった。というのも、彼女は小学生の時に遠くへと引っ越してしまって、以来会っていないからだ。
「本人か?」
「じゃないとこうやってあいさつしないでしょう。時間がないから簡単に言うわ」
「なにを」
「机の引き出しの中に、たくさんの封筒があるはずよ。それを見てほしいの」
封筒なんて入れた記憶はない。そう思いながら勉強机にある引き出しをガラッと開ける。無造作に入れられた宿題や採点をした小テストの答案といったものがある中で、見覚えのない茶封筒が出てきた。たくさんというにしてはまだ数が少ない気がするが、すべて宛名は俺宛、差出人があんずだった。
「どうしてこれを」
「いいから見てほしいの。じゃないとあなたを助けることができないから」
雨は激しさを増す。遠くで雷の音まで聞こえてきた。これが何かということは分からないが、これを開けることは、今の俺にはできない。何かが邪魔をしているかのように、まったくもって開けてくれない封筒は、まるで鉄か何かのように固く閉ざされている。
「うそだろ、これが現実かよ」
グンニャリと曲がってしまった鋏を見ながら、現実が曲がっていくのを感じる。途端、ゲームはブツンと途切れた。ゲームだけじゃない、電気も一斉に消える。どうやら雷が変電所かなにかを直撃したようだ。これが現実かどうかということは関係ない。今はさっさと布団にもぐることの方がよさそうだ。幸いにしてまだ窓が壊れるようなことはないようだ。それを考えないようにして、俺は布団に大慌てで戻って布団をかぶって目をつむった。