私はひまわりになりたい
『水の精クリュティエは太陽の神であるアポロンに恋をしました。しかしアポロンには意中の女神がいて、クリュティエにとっては叶わぬ片思いでした。
クリュティエは嘆き悲しみ、涙を流し、昼も夜も空を見上げ、アポロンが黄金の馬車で東から西へ空をかけるのを毎日じっと見つめていました。
恋が実らず、九日間立ちつくしたクリュティエの足は地面に根付き、ひまわりの花へと姿を変えてしまったのです』
もう何度目になるか分からないくらいにその神話を読んだ花奈は、またも涙を流す。
「クリュティエ、悲しすぎるよ……」
「いい加減にしたら、あんたは」
友人に呆れられたけど、これだけはどうしても譲れない。
「すごく気持ち分かるんだもの! 私だって、なれるならひまわりになりたい」
「はいはい」
「んもー!」
真面目に取り合ってくれない友人に怒るけど、これもいつものことだ。
花奈は図書室の窓から校庭を覗く。そこから見えるのは、サッカー部の練習だ。すぐ目当ての人を見つけて、心臓がキュッとなる。
「葵……」
届かないと分かっていて、名前を呼ぶ。
近所の幼なじみ。小さいときはただの悪ガキだったのに、中学になってサッカー部に入ったら途端に頭角を現して、いまやイケメンのサッカー部エースだ。当然、モテる。
今ではほとんど話をすることさえなくなってしまった幼なじみのことなど、覚えていないだろうなと思う。
「私もひまわりになれたら、葵のことずっと見ていられるのかな」
「はぁ……」
友人がため息ついたのが聞こえたけど、しょうがない。振り向いてもらえないなら、せめてずっと見ていたいと思ったって、いいじゃないか。
「あ、休憩時間かな」
バラバラと人が散っていく。まだ終わる時間には早いから、たぶんそうだろう。
花奈は視線を逸らせた。休憩時間は見たくない。たくさんの女の子が群がっている姿なんて、誰が見たいものか。
クリュティエはすごいと思う。他の女性と幸せになる好きな男性を、それでも見続けたのだから。
「おい花奈!」
突然、誰よりも聞きたい声が自分の名前を呼んだ。驚いて窓の外を見ると、そこにいたのは大好きな男の子。
「もうすぐ練習終わるから、待ってろよ! 一緒に帰るからな!」
「え?」
「だから今日はお前の誕生日だろうがっ! じゃあな! 勝手に帰るなよ!」
「……え?」
言うだけ言って去っていく葵の顔は、何だか赤かった。
――もしかして、私はひまわりにならなくてもいいですか?
ひまわりの花言葉 「あなただけを見つめています」