2.傭兵社 その1
俺の名前はグレイライン、元傭兵だ。
元ってつくからには俺はもう傭兵をやめているっていうこと。
そして職ナシで絶賛路頭に迷っている最中ということだ。
腹が減った。王都にはうまい食い物がたくさんあるにもかかわらず、そのどれもを食うことができずにいる。
ああ、どうしてこうなったのだろうか。
話は数か月前にさかのぼる。
「———グレイライン、お前傭兵稼業は続いているのか?」
通信用の魔道具越しに父親の声を聴く。
「あ、ああ。まぁぼちぼちやってるよ」
「そうか、それならいいんだがな。先々月から仕送りしてこないだろ?何かあったのかと思ってな。ほら、国王陛下が亡くなっていろいろあったって聞くし」
「ははは……そうだった。いや、国王陛下が死んだから傭兵の仕事は増えているんだよ。だから、大丈夫。うん、大丈夫」
「……そうか。俺たちもお前からの仕送りだよりの生活をしているわけじゃない。無理しなくてもいいから、体には気をつけろよ」
「ああ、ありがとう。それじゃ」
ぶつり、と俺は通信具を乱暴に切った。
傭兵の仕事は確かにここ一年と比べると格段に増えた。国王が死んで、王都は多少混乱していたから。
しかしそれによって増えた仕事は俺には不向きの護衛任務ばかりであり、むしろいままで俺がメインにしていたような雑務はほとんど消滅してしまったのだ。
王国各地から訪れる商人や貴族は実績の高い傭兵を多く雇い入れる。当然俺はその中にふくまれておらず、絶賛依頼も来ないで仕事も何もせず酒を呑むだけの毎日を過ごしている———というわけ。
こんな事実を実家にいる家族には当然伝えることもできず、濁すしかできなかった。
「辛気臭い顔してんなぁ、お前」
俺が通信具を切ったのを目にしてレインが話しかけてきた。
護衛任務とかの荒事を主に請け負っていた彼は今依頼が立て込んでいたはずだった。なのにここにいるということは
「社内会議でもあるのか?」
「まぁな。お前は?」
「依頼待ちだよ。宿にいてもすることねェからここにいる」
「そうか。雑務とかの仕事めっきり減ったもんな。大丈夫か?」
レインは俺と同じ時期にこの傭兵社に入ったいわゆる同期だ。国王が死ぬまではたまに話したりして交流はあったのだが、今はめっきり話す機会も減ってしまっていた。
彼なりに今の俺の状況を心配しているのであろう。俺は多少貯金があったため今でも生活ができているが、もともと仕事が少なかった傭兵は今どうなっているのかを彼は見聞きしていた。
「必要になったら俺を頼ってくれてもいいぞ?家と飯くらいなら貸してやれるからな」
「おうおう、気前のいいこと言ってくれるじゃねぇか。そんときになったら頼むわ」
レインはそんなことを言い捨てて社内の会議所へと行ってしまった。
「あいつ……嫁さんと子供もいるくせに」
子供のころは傭兵の仕事にあこがれていた。王国では傭兵稼業はまさしく夢にあふれた職業だ。
名前も売れる、金も入る、英雄にだってなれるかもしれない、そんな仕事。
農家の次男、三男はこぞって王都にきて傭兵になっているのが、その表れだ。
そして昨今傭兵バブルなんて揶揄されるほど傭兵があふれかえっているのが現状であり、俺みたいに仕事にありつけないでその日暮らしもできないでいる人間が後を絶たない。
完全歩合制の傭兵稼業の闇である。
「何もすることねぇし、かえって寝るか」
俺はそのまま、借りている宿に戻って余っていた酒を飲みながら眠りについた。
翌日のことだ、依頼書を整理しながら請け負える仕事はないかと探しているとある記事に目が入った。
「王室令嬢の護衛、任務?」
昨日会議で話していた内容であろう。どうやらうちの社長がこの任務を何とか受注できたため、社内の人間にこの話が来ているらしい。
「俺みたいなやつでも受けていいのか……配置場所は安全な場所にしてもらえるっぽいし」
普段、商人の護衛任務は少数精鋭で大規模な行軍などは行わずひっそりと移動する。
そのほうが強盗に見つかって襲われるリスクも減らせるし、機動力も維持できるためだ。
しかし、貴族ましてや王族となると話は違ってくる。
奴らは見栄っ張りだ。大規模な行軍をしいてあたりを威圧しながら移動する。
結果的に金はかかるが、商人の護送よりはるかに安全に移動できるという話だ。
「しかし王室令嬢の護送ねぇ。どうやってこんな大役をうちみたいな零細が抑えたんだか」
受けるしかない、そう感じざるを得ない大量の報奨金に自分は判を押した。
思えば、自分の人生はここから大きく変わってきていたのだと思う。