93 にーちゃとちびちび
「アデライーデ様」
子供たちが用意された食べ物をガツガツと食べているのを隣のベンチで見ていると、ヴェルフ筆頭代官がアデライーデに声をかけた。
ヴェルフがつけている護衛達が彼に知らせたのだろう。
「此度は、街の恥をお見せしてしまい申し訳ございません」
そう言うと、深々と頭を下げた。
「浮浪児達に食事をお与え下さりありがとうございます。彼らは孤児院に引き取らせていただきたく存じます」
「でも、孤児院は満杯なのでしょう?」
「院長に依頼すれば問題ございません」
「……あの子達を離宮に連れて帰ろうと思うの」
「アデライーデ様?!」
アデライーデの言葉にヴェルフ筆頭代官だけでなくマリアやレイナードも驚きの声を上げた。
「満員の孤児院に無理に入れても、あの子達は居心地がよくないと思うわ。孤児院の空きが出るまで離宮で預かって、空きが出たらその時に孤児院に入れるか考えるわ」
「しかし…」
漁師が多いこの街では親が亡くなることが他の街より多い。母親がいれば孤児院に入る事は少ないがそれでも孤児院に空きが出る事はない。メーアブルクの孤児院は常にいっぱいなのだ。
「正妃様にメーアブルクの恥をお見せした上、浮浪児達を引き取るとされては陛下に申し訳が立ちませぬ」
「恥じゃないわ。これも現実だもの。どんなに良い街でも何かしらの問題が必ずあるわ。それに慈善は女性貴族の務めでしょう?アルヘルム様も怒ったりしないと思うわ」
「そう仰るのであれば…」
ヴェルフは安堵の吐息をつきながらアデライーデの申し出に頷いてくれた。
ヴェルフにしてみれば、輿入れされたばかりの正妃様にこのような失態(と思っている)を見られ街にアデライーデが寄り付かなくなれば街の評判を落とすばかりかアルヘルムの不興も買いかねない。
穏やかならざる気持ちでいたがアデライーデは自分を責めず、どんなに良い街でも何かしらの問題はあると理解を示してくれてホッとしていた。
「馬車を頼めるかしら。あの子達を乗せて行くわ。子供の足で歩かせるには離宮は遠いわ」
「ご用意いたしましょう」
ヴェルフはそう言うと、少し離れた部下のもとに行き馬車の用意をするように指示を出していた。
その間、アデライーデは子供たちのリーダーであろう腹を蹴られていた子に声をかけた。
「ねぇ、私の家に来ない?」
先に食べ終えてアデライーデ達の話にそっと聞き耳を立てていた子は、アデライーデに話しかけられてビクッと顔を上げた。長いモサモサの前髪で目は見えない
「お嬢様んち?」
「そうよ」
「お嬢様んち、金持ち?」
「ん〜そうねぇ。そこそこかしら」
アデライーデは笑って答えた。
目の前のお嬢さんは上等の服を着てるし、これだけの食べ物を恵んでもらったのは初めてだった。行くと言えば毎日食べ物を食べさせてもらえるかもしれない…。
ぎゅっと拳を握り、その子は小さな声で呟いた
「俺たち5つ一緒ならいく、バラバラなら行かねぇ」
「もちろんよ!あなた達全員一緒よ」
「え… 俺一人でなくて?」
「そうよ。あなたに置いていかれたらこの子達も困るでしょう?」
「ほんとか?ほんとに俺たち5つ一緒でいいのか?」
「そうよ。心配しなくてもみんな一緒よ」
「にーちゃ、どっかいくの?」
串焼きの肉を握りながら食べていた隣の子が、その子の腕を引っ張りながら聞いてきた。
「おれ…俺たくさん働く。荷運びも薪拾いも掃除もできる。こいつらの分もやるから!仕事できる!ずっと働ける!」
「……、そうね。頼みたい仕事はたくさんあるわ」
--この子達はそうやって生きてきたのね。
1番大きいこの子も7才くらいかしら。他の子も5才か3才くらいね
「ねぇ、お名前はなんて言うの?」
「名前…ない。ずっとガキとかクソガキって言われてた」
「にーちゃだよ」
隣の子が味噌っ歯で、にかっと笑った。
「にーちゃと、にいにと、なぁとちびと俺がちびちび。家族なんだ」
「そう…、あなたは、ちびちびなのね」
「うん!ねーちゃんはなんて言うの?」
そう言って、アデライーデを見つめた。
「アデライーデよ」
「アデ、アデラー?なに?」
「言いにくいわね。アリシアよ」
「アリシア!おれ覚えたよ!アリシア!」
「アリシアお嬢様だよ。こいつまだ小さくて、ちゃんと言えないんだ。ちゃんと言って聞かせるから…」
その子は、ちびちびが失礼な言い方をして連れて行ってもらえないかもしれないと怯えていた。
「ねぇ、ちびちびはいくつ?」
「わからない」
「初めて会った時、ちびちびは歩いていた?」
「うん」
「ちびちびと、会ってから冬は何回来た?」
「えっと…2回」
--歩ける様になってからなら3才か4才くらいかしら。よく生きてきたわ。
陽子さんは、この子達の過酷な生活を思ってため息をついた。
「アデライーデ様、馬車の用意ができました。その子達は荷馬車でもよろしいでしょうか」
ヴェルフがアデライーデに声をかけた。
浮浪児達を乗せるのを貸馬車屋は嫌がったのだろう。用意されたのは荷馬車だがこの子達を運べるのであれば何でもいい。
「十分よ。手配してくれてありがとうございます。ヴェルフ筆頭」
アデライーデは、ヴェルフに礼を言って子供たちが荷馬車に乗るのを見届けると馬車で離宮に向かった。




