89 雨と台帳
「今日は雨なのね…」
朝から雨がしとしとと降っている。
朝食を終えて部屋で紅茶を飲みながら、さて何をしようか…と考えていた。
いつもなら、さかな釣りか庭いじりだけど…図書室に行って本を読むかな…
前世なら休日に雨だったら、録画したドラマかネットで映画三昧だったが、ここでは本を読むか刺繍をするかぐらいしかない。
さて、図書室に行こうかと思っていたらレナードがよろしいでしょうかと部屋に訪ねてきた。
「アデライーデ様、村の収支のことをお伝えしようかと思いますが」と言われて書斎に連れてこられた。
書斎は、アルヘルムのプライベート寝室の隣で代々の王が書類仕事をする部屋だという。
華やかなアデライーデの部屋と違い、黒檀のどっしりとした執務机が置かれ男性好みの落ち着いた設えになっている。
「アルヘルム様から、アデライーデ様に村の采配を一部お任せしても良いとの事でしたので、過去の収支台帳をお持ちしました」
「ありがとう。アルヘルム様が任せても良いって?」
「アデライーデ様は村にご関心があるようですので、お任せしたいと…」
そう言うと執務机の上の1冊の台帳を指差した。アデライーデは執務机に座って台帳のページを開いた。
台帳には使った内容と日付と支払い金額が一行ずつ書かれ、年度の最終日に使った総額と残高が記載されている。
収入は国から支給された村の維持費と村からの税金。税金の殆どは酒屋がある宿屋が払っている年間の登録料と湖の漁業料だった。
支出は村の整備費とそれに関わる人件費だ。毎年ほぼきれいに使われ新しい家を建てるときは国から別にお金が支給されるらしい。人件費も村の皆に順番に分け与えるように使われる。
--私がよく見ていた台帳って言うより、江戸時代の大福帳って感じね。家計簿みたいな書式じゃないから、残高がどのくらいかその度に計算しないといけないわね。
「このように国よりちゃんとお支払いがございます。予算の中であれば村のためにお使いください。予期せぬ災害などあれば別途支給がございますので、アルヘルム様にお願いすればよろしいかと」
--特別予算って感じかしらね。
「ありがとう。じゃ、しばらくこの台帳を見て勉強してみるわ。この台帳はどこに置いておけばいいのかしら」
「こちらの机の上に。執務室へはアデライーデ様とアルヘルム様しかお入りになりませんので」
そう言うとレナードは、アデライーデにお茶を入れてくれた。
引き出しに入っていたメモ用紙という名の立派な紙に、去年一年分の収支を書き取る。書式は使い慣れた家計簿方式。
1枚の紙にまとめてみるとわかりやすい。十年分を書き出してみるとほぼ変わらない支出だ。
「あら…」
「どうかされましたか」
「子供たちの予算ってないの?」
「子供たちの予算というと…」
「学校とかないの?」
「この村にはございませんな。この村から1番近いのはメーアブルクのリトルスクールでございます」
リトルスクールとは、教会が主催する寺子屋のようなものらしい。教典を読めるように読み書きと簡単な計算を教えている。入学も卒業もなく行けばその子のレベルに合わせて教えてくれるらしい。
ただ子供も働く事が多く、集まりは良くないそうだ。
「歩いていくのも遠いですので、村では文官を退職した者が楽しみがてら教えております。子供の数も少ないですので」
「そう…」
--そう言えば、さかな釣りの時も毎日同じ子供たちではなかったわ。あれはリトルスクールに行っていたのかしら。
アデライーデが台帳を見終えて、図書室に本を読みに行った後レナードは台帳に挟んであるアデライーデの書いた家計簿書式のメモを見ていた。
--これは…帝国の書式なのだろうか。
レナードはしばらくそのメモを眺めていた。
少し短いです




