88 釣り大会と持参金
「………で、アデライーデ様は、離宮で何やってるって?」
「さかな釣り……」
「くっ!」
タクシスが持っていた、書類の端を握りしめ貴婦人のように顔を隠して笑いを堪えていた。
あれから2週間、村に散歩に行き子供たちが湖の辺りでさかな釣りをしているところに出くわして、混ぜてもらったらしい。
アデライーデはドレスでさかな釣りは出来ないからと散歩用のドレスを作ると言って、王都にまだ滞在しているマダム・シュナイダーを呼んですぐに着れるプレタポルテを一着、シンプルなドレスを数着とお忍び用の服もマリアの分も合わせて何着か作らせたらしい。持参金で作るのでレナードは程々にとしか言えなかったようだ。
翌日から毎日のように村に出かけ、子供たちとさかな釣りをしているらしい。レナードが日に焼けるからと言って、すぐに野外用の大型パラソルと日傘を用意したという。
アデライーデは侍女やメイド達の分も竿を用意させ、釣り大会を開催したようで、その日はメイドのエマが優勝し釣り上げた大量の魚は離宮の皆の夕食になったという。
レナードにさかな釣りは程々になさいませ、と言われたら離宮のハーブの庭の草取りを始めて料理人をオロオロさせたという。レナードにハーブの庭から追い出されたら、庭師に混じって植栽の選定や花を植えているという。
レナードの報告書には、「これ以上陽に焼けたら、貴婦人とは言えなくなります」と締めくくられていた。
アデライーデが離宮に移ってからの報告書は読むにはとても楽しいが、レナードにとっては胃の痛い事だろう。
「楽しそうだな…離宮の生活を満喫してるよな……」
「おいおい、お前まで何言ってるんだ。見えないか?この書類の山が」
「……さばいてもさばいても減らない山だけどな」
「さばかないと高くなるだけだぞ」
「あぁ…」
アルヘルムはため息をつきながらも、書類の山を崩しにかかった。
「レナードが彼女に村の采配を少し任せたいと言っているので、そうしようかと思う」
「ん?」
領地を持つ貴族は民から税を取り、その税で領地の整備をし運営をしていく。アデライーデは離宮の主となり正妃の村を治めるが、大抵の領主は領主代行をたてて実務は任せるのだ。離宮ではレナードがその実務を長年担ってきた。
だが、離宮の村の税はほとんど無いに等しい。元々あの村は離宮に勤める使用人や警備兵の家族が定住したのが始まりで、少しばかりの畑や漁を行っている。城勤めが長く一人身のまま年老いた騎士や使用人が身を寄せることも多い村なのだ。
「采配を任せるとは?」
「村に関心があるらしい。さかな釣りだけじゃなく散歩してて湖畔の船着き場が古くなってるとか、塀が壊れかけているとか、空き家の窓ガラスが割れているとか色々レナードに報告するらしい。村の整備は離宮の役目だからな。レナードも定期的に回るがさすがに毎日じゃないし、村人は遠慮してあまり言わないからな」
アルヘルムは書類を捌く手を止めて、レナードからの報告書を1枚タクシスに手渡した。
「それにな、整備費用を持参金から出そうと言い出しているらしいんだ。レナードに止められたら、自分の村だから持参金から出してもおかしくないと…」
「持参金から?」
「レナードは、村の整備費は王国が持つからそんな事をしたら王国のメンツが潰れると止めたんだが、せっかくアデライーデが村に関心があるのなら采配の一部を任せた方が良いのではないかと報告が来ている」
貴族女性の持参金は個人資産なので、年間に割り当てられる奥方としての体面を保つ費用で賄われる以外のものを買うときに使われる。大抵はドレスや宝飾品や個人的な茶会費用だ。
実家から貸与された化粧領の経費も実家が支払ったり持参金から出す事があるのでアデライーデの持参金を使う事はおかしくないが、あの村は元々バルクのものなのだ。
「余程あの村が気に入ったのかな」
「そうらしい。レナードは持参金を使うことを認めたら歯止めが効かなくなると心配している」
「……レナードも大変だな。今までにない苦労だろう」
「あぁ、離宮の食事や生活には大変満足して、そちらの心配は全くないそうだが、何を言い出すかわからないので戸惑っているらしい」
「あのレナードを振り回すとは、アデライーデ様も大したものだ。まぁ…いいんじゃないか?それなら采配を任せても」
「そうだな。村にもだいぶ馴染んできたようだ。特に子供たちにな」
アルヘルムはレナードに「アデライーデに村の采配を任せる。ただし当面の間はレナードの監督の下に」と返事を書いた。
--もうすぐ約束の1ヶ月だな。どんな話が聞けるか楽しみだ。
アルヘルムはアデライーデと会える日を心待ちにしていた。




