79 チーズケーキとスケッチ
「アデライーデ様…最後の王宮の夜を私と過ごさなくても良かったのでは…」
「良いじゃない?アルヘルム様は明日の時間を捻出する為に、どうしても今日は無理だそうよ」
王宮最後の夜、アデライーデはマリアと二人で晩餐をとっていた。
3人のメイド達も湖の離宮についてくることになって、今日は午後から実家に帰らせていた。
馬車で1時間程だが、メイド達は城下の家に帰るようには気軽に帰れなくなる。離宮に移る前日の忙しい時に…とメイド達は渋っていたがこの部屋はアデライーデが王宮に泊まる時にそのまま利用する予定なので、宝飾品以外の物は置いて行くのだから、さして忙しい訳でもない。
マリアにテーブルについてもらうために、出来るだけワンプレートになるようにお願いしたら、料理長が大皿に一口大にした得意料理を盛り付けてくれたという。
「料理長が嘆いていましたわ。自分は料理長だから離宮に行けないって。アデライーデ様はいつもお料理に感想を添えられるから、毎食メイド達からの報告を楽しみにしていたのですよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。料理長のお料理は美味しいものね」
そんな話をしながら、料理長自慢のコンソメのジュレがかかったふんわりとした白身魚のムースを味わった。口当たりがなめらかで、アデライーデがバルクに来てから好物になったものだ。
離宮の料理人の選定も希望者が殺到したので、月替りで務めることで落ち着いたらしい。
「アデライーデ様…離宮で何をなさるおつもりですか?」
「まだ何も決めてないわ」
子羊のパイ皮包みにナイフを入れると、バターを切るように入っていく。甘酸っぱいベリーのソースには隠し味にオレンジマーマレードが入っているようで少し癖のある子羊によく合う。
「そう言えば…村をもらったの。離宮のすぐ近くの小さな村なんだけど」
「化粧領ですか?」
「それって王妃が持つのは普通なの?」
「王妃様だけでなく、裕福なご実家から生涯貸与されるご夫人も多いです。あとは皇后様は接収した領地を一時的に化粧領にして領地を立て直したりされてましたわ」
マリア曰く、化粧領の税金は他の領地に比べて安い事が多く領地の整備も良いらしい。美しい化粧領を持つことは夫人のステイタスになるからだという。
「そうなのね…」
--そういえば、あの村も可愛らしい家で統一されていたわ。アルヘルム様も国外からの来客があるからと言っていたっけ…。
「私、最初は辺境の小国に嫁がされるのは…と思っていたのですが、バルクに来てアデライーデ様がアルヘルム様に大切にされているのを見て嫁がれて良かったと今は思っています」
「そう?」
「ええ、帝国ではお一人で少しお寂しそうに思えたので…」
そう言うとマリアはワインを一口のんだ。
「最初は…まぁ…驚くこともありましたけど…フィリップ様とも本当の姉弟のように仲良くされているので良かったと思って…」
そう言えばマリアの下には弟が2人いたはず…
「えぇ。仲良くなれてよかったわ。そう言えばマリアも弟さんが2人いたわよね」
「食べ物といたずらしか興味のない弟達ですけどね…フィリップ様のようなあんないじらしくて可愛らしくて思わず抱きしめたくなるような弟達では無いです…」
ふぅとため息をついて、マリアはワインをまた一口飲んだ。
「アデライーデ様とお庭を散歩されたり、詩を暗唱されたり…今日も、行かないでとアデライーデ様に縋るように言われるフィリップ様は理想の弟ですわ…」
うっとりと言うマリアに陽子さんはちょっと怪訝な顔をする…。
「でも…姉弟ってそんなのじゃない…わよね」
--薫と裕人も姉弟喧嘩は結構激しかったわよ?些細なことで取っ組み合いの喧嘩を何度もして、ゲンコツを食らわしたこともあったけど…。
「いいんですよ……現実は」
--いいんだ…
「こちらに来てから、アルヘルム様とお二人でいらっしゃる時も絵になるのですがフィリップ様とお二人でいらっしゃる時もうっとりとするように素敵ですので、絵師に頼む事が多くて…」
「絵師?」
--そう言えば、以前絵師がどうのって言っていたわね。
「はい、こちらに来てすぐヨハン様から絵師も来ていると聞いてお願いしておりますわ。帝国の有名な方です。ご結婚記念の絵ももうしばらくすれば完成するのではないかと思います」
--記念写真的なものかしら?
「そうなのね。楽しみだわ」
「額に入れるちゃんとしたものもありますが、最近帝国で流行りの大判のスケッチタイプのものも頼んでおりますので、お楽しみにされていてください」
アルヘルムとのハネムーンの間にマリアは、その絵師に頼んで色々な絵を頼んでいたらしい。
「特にスケッチのものは、素敵なのです!フィリップ様とのものもございますよ」
「そう?」
「新婚の時や子供が生まれた時は、絵師に頼んで記念に残すのです」
マリアが楽しそうにしているならそれも良いかと、デザートのチーズケーキを突きながらながら陽子さんは思っていた。この世界、写真はないし絵で記念写真的なものを残すようだ。
陽子さんは気が付かなかったが、その時マリアが絵師に頼んだスケッチの量はアルバム数冊になる様な大量のものになっているのである。




