77 アフタヌーンティーとテレサ
今日はテレサとのお茶会に招かれアデライーデは、マイヤー夫人に案内されマリアと貴賓室に向かっていた。
お茶会と言ってもテレサとアデライーデ二人きりだ。
貴賓室に入るとすでに入室していたテレサがアデライーデを淑女の挨拶で出迎える。
「本日は私の為にお時間をとっていただきありがとうございます。正妃様。」
「お招きいただきありがとうございます。テレサ様」
そう挨拶を交わすと、テレサはアデライーデに席を勧めた。
丸テーブルには白いリネンがかけられ席が2つ。側のワゴンにはフィンガーサイズのハムときゅうりのハニーマヨネーズのサンドイッチ、小ぶりなスコーンにクロテッドクリームといちごジャム、それにマスカットのケーキが並んでいた。
--アフタヌーンティーって感じかしら。お昼を控えめにして良かったわ。
女官が香り高い紅茶を入れてくれる。
まずはストレートで味わうとテレサが口を開いた。
「正妃様、先日はフィリップに寛大なお慈悲をありがとうございました。その後もフィリップに目をかけて下さり、フィリップは勉学に励むようになりました。正妃様にはフィリップのこと以外の事でもお心を砕いていただきどのように感謝をすれば良いかわからぬほどでございます」
テレサはその大きな茶色の瞳を潤ませて、感謝の言葉を口にする。
アルヘルムからアデライーデがフィリップの事は非公式ということにしてくれたのだから、二人でお茶を飲むと言う事にして、その時にお礼をすると良いと言われていた。
そして、結婚後アデライーデは離宮に暮らすという話をアルヘルムから聞き耳を疑ってしまった。あまりの驚きにそれはどういう事かとアルヘルムに聞き返したくらいだ。
正妃が王宮に住まず離宮に暮らすなど前代未聞の事である。そして第2夫人となる自分はこのまま王宮に暮らし王妃と名乗るのは変わらないと言う。
アデライーデ様が仮にそれを望んだとしても、帝国はそれで良いのかとの問いに帝国も認めていると言うアルヘルムの言葉が信じられなかった。重臣たちを集めた会議でも異論が出たが、最後は皇帝の手紙を見せると反対する声はなくなったと言う。
そして何よりテレサを驚かせたのが、アデライーデ様は子を望まないと言う。必要があればフィリップを養子にして帝国の後ろ盾をつけると言っているというのだ。
「それは…どうしてですの?」
「アデライーデ様がそう望まれているのだ。皇帝も認めている」
公爵令嬢として、王妃として貴族の価値観を叩き込まれているテレサには、アデライーデの申し出が理解できなかった。女性貴族に何より望まれるのは実家と嫁ぎ先の血を結ぶ後継者を産むこと、それも男子を数人産むことを強く望まれる。
しかも表立った行事での王妃としての役目も今まで通りテレサに任せたいと希望しているらしい。子も望まず正妃としての栄誉の場も望まず、離宮にひっそりと暮らすのは修道院に入るのと変わらない事だ。
「アデライーデ様は、私達バルク王室に波風が立つのを厭うていらっしゃる。仲の良い家族の不和のもとになりたくないと。自分が王宮にいれば、要らぬ争いの元となる。それであれば今まで暮らしてきたように離宮での暮らしをしたいと言われるのだ」
「そんな…離宮にまだお若い皇女様お一人でお寂しいのでは?」
「そう思って、月に1度はこちらにお招きしようと思う。アデライーデ様はテレサともフィリップ達とも仲良くしたいと言われているのだ。難しい事かもしれないがアデライーデ様と親睦を深める事を頼めるだろうか」
アデライーデはお近づきの挨拶に、子どもたちに帝国から来たマダム・シュナイダー夫人に子供服を作らせたいと言う。
テレサにはにわかに信じられなかった。
テレサの実家の公爵家も本妻と第2夫人との確執はあった。正妻の子であるテレサは王室に嫁ぐ際、母親から正妻としての心構えを聞かされていたが、アルヘルムは今まで第2夫人を娶ることなく過ごせた事に、ホッとしているものがあった。
自分は母親と同じ苦労はしないと。
それがアルヘルムが帝国から皇女を迎え自分は正妻ではなく第2夫人になる…。しかも皇女は自分の子供と同じ年頃…。正直複雑な気持ちであったが王妃としてバルク国のためになるのならと覚悟を決めていたら嫁いで来た皇女は、その持てるすべての権利を自分に譲り、離宮暮らしをすると言う。
--よくわからないわ……
「戸惑っているのだろう?」
アルヘルムは優しくテレサの手をとった。
「ええ…」
「私もだったよ。だが皇女様と話してみると良い。不思議な方だ。でもきっと君なら親睦を深める事ができると思う」
「……はい」
アルヘルムにそう言われ、今日のお茶会となった。
間近に見るアデライーデは、この国では珍しい金の髪と海のようなアクアマリンの蒼の瞳を持つ美しい少女だ。仕草も優雅で落ち着いていてフィリップと4つ違いとは思えない。
アデライーデは、きょとんとした顔を一瞬したがすぐに笑ってテレサに応えた。
「お気になさらずに。子供のした事ですし大した事では無いので…。それにこちらこそフィリップ様の授業に勝手に参加してしまって…。フィリップ様が今度詩を暗唱してくださるのを楽しみにしているんですのよ」
アデライーデが、あっさりとフィリップの事を気にするなと言ったことにアルヘルムの不思議な方だと言う言葉が去来した。普通はここでさり気なく恩を売ったり優位に立つような言葉を口にするのだが…。
--テレサ様、あのときの事を気にされていたのね。それで今日のお茶会ね。でも妻同士のお茶会って…ちょっと普通じゃないわよね。
この異世界の王族ならそれも普通のことかもしれないが、ごく普通の日本人の感覚しかない陽子さんにとって、正妻と第2夫人のお茶会は違和感しかない。
しかし、1度はお会いして二人でお話をしてみたかった。
政略結婚で嫁いできたが、現王妃のテレサとできれば仲良くしたい。しかしテレサが気持ち的にそれを受け入れられないのであれば、せめてテレサに敵対する気はないと直接話しておきたかったのだ。たとえ信じてもらえなくとも。
「テレサ様。縁あって私はここに嫁いできました。すでに王妃でいらっしゃったテレサ様は大変困惑される事と思います。私はできればテレサ様やフィリップ様達お子様たちとも仲良くしたいと思っているんです」
「私達と仲良く…でございますか?」
「ええ。できれば良き隣人のように」
「もちろん、正妃様がお望みであれば私は願ってもないことでございます」
「すでにアルヘルム様からお聞きとは思いますが、私は離宮で暮らします。テレサ様やお子様たちは今までと変わりなくアルヘルム様とお暮らしになっていただきたいのです」
「それは…正妃様はそれでよろしいのですか」
テレサは思わず聞いてしまった。
「もちろんです。私はのんびりと離宮で暮らしたいのです。争いは好みませんし…。むしろテレサ様が私が来たことによってお立場が悪くなったりお子様たちに影響がある事が嫌なのです。すでに跡継ぎのフィリップ様もカール様もいらっしゃるのであれば、私の子は必要ないですし…。帝国にとっては私がバルク国に政略結婚で嫁いだだけで充分だと思います」
「正妃様…」
「あの…よろしければアデライーデと呼んでいだだけませんか?」
そう言って笑うアデライーデに、テレサは戸惑っていたが「えぇ…では…そうお呼びいたしますわ。アデライーデ様」と答えた。
テレサも貴族女性として、また王妃教育を通して社交術を身につけていたがアデライーデと話していても、身につけた社交術からの警告が全く感じられず、言葉の裏が全く読めないのだ。
だが、それは当たり前なのである。
陽子さんには裏がない。もとよりあまり器用でない陽子さんは思ったままの言葉で誠実に話す。しかしそれは社交術に慣れているテレサにとっては戸惑いでしかなかった。
--アルヘルム様がおっしゃるように不思議な方だわ
ご自身の身分の高さを持ち出すでもなく駆け引きも感じない。本当に私達と仲良くしたいと思ってらっしゃるようだわ。それであればアデライーデ様の言われるように良き隣人として過ごせるかもしれないわ。
テレサがアデライーデに笑いかけると、アデライーデもにっこりと笑って「こちらを頂いてもよろしいですか」と用意したお菓子に目をやった。
その後、用意されたサンドイッチやケーキを食べながら子供たちの話になった。マダム・シュナイダーの子供服の採寸の時の事。フィリップの勉学嫌いやカールの野菜嫌いの事など他愛もない話をしてひと時を過ごした。




