76 贈り物をアルヘルムに
「貴女からのキスはまだ貰ったことがない」
そう言うと、ニコッと笑ってアデライーデを見る。
「そ、そうでしたっけ」
「そうだね」
「人目ありますし…」
「誰もいないよ」
「え?」
見回すと、先程までいたはずのナッサウ侍従長や給仕たちの姿がない。
一流の使用人たちは、場の雰囲気と主人の心を読むのも一流らしい。
マリアを連れてくればよかった…。そう後悔したが、きっとマリアもここにいたらそっと場を離れそうだ。
--落ち着こう…。
もぐもぐと残りのレモンケーキを平らげ、紅茶を飲んでナプキンで口の周りを拭いてチラッと見ると、アルヘルムはまだこちらを見ている。
「今ですか?」
「うん。今。もうみんな贈り物を貰っているし。私はまだ貰ってないし。誰もいないし。私達は夫婦だし」
「………」
畳み掛けるように言われて、否定の言葉は何も出てこない。
「では…」
ひとつアルヘルムの方に体をずらして近寄る。
「目は閉じないのですか?」
「見ていたいのだが…」
「閉じてください……」
しょうがないなといった感じで目を閉じたアルヘルムの頬に軽くキスをすると、すぐにもとの場所に座り直した。
「しました」
「貴女は頬へのキスの時も目を閉じるのか?」
「……! 目を閉じてなかったのですか!」
「初めての贈り物を、落としてはいけないと思って」
「確かに受け取りましたよ」
アルヘルムは笑いながらそう言うと、アデライーデの頭をぽんぽんとなでて頬にキスをした。
「お返しに」
「はい…」
アデライーデが固まっていると、いつの間にかベランダの入り口立っていたナッサウ侍従長がコホンと咳払いをして「陛下。お時間でございます」とランチの終わりを告げに来た。
「やれやれ…2人の時間は短いな」
アルヘルムは残念そうにそう言うと、また時間を作るからとアデライーデに別れを告げて執務室に向かって行った。
ちょっと短いです…




