63 ティアラとベールとベック伯爵
「アデライーデ様。おはようございます。起きてくださいまし」
「ふぇ…おはよう…こんばんは?」
いつもは明るくなり始めた頃起こされるのだが、今マリアの手元にはろうそくがある。
「どうしたの?まだ夜明け前よね」
寝ぼけ眼をこすりながら答えると
「はい。夜明け前からお支度しないと間に合いませんからね」
ーーええ〜、お支度にかける意気込みはどこから出てくるのぉ
そう思ってのろのろと身体を起こすとメイドにストールをかけられた。
マリアはにっこり笑うと「スッキリ目覚めるハーブティでございますよ」とティーカップを差し出す後ろには、わくわく顔のメイド達がいる。
この後、朝風呂に入れられてマリアとメイドさん達にピカピカにされた。最近仲良くなったマリアの影響か、メイド達もアデライーデのマッサージやお手入れに意欲を燃やすようになってきた。
入念なお支度をして一旦着替えてから王家が用意する花嫁の部屋に移動する。自室から着替えて出ないのは控室から王宮内の教会までの道中は、使用人たちへのお披露目の意味があるらしくバルク王に嫁ぐ妃の習慣と言う。
花嫁の部屋でマダム・シュナイダーとお針子達に迎えられた。丁寧な婚儀の祝いを受けメイクを済ませてウェディングドレスを着付けてもらう頃、アルヘルムからウェディングブーケが届けられた。
バルク国では、花嫁のために花婿がその日の朝、手ずから摘んだ花をブーケにする習慣があるらしい。
ラナンキュラス・ラムズイヤー・シレネユニフローラ・ヒメウツギ・イベリス。そしてアイビー。
「陛下が朝露の頃、庭園でお摘みになりましたのよ」と、マイヤー夫人が白い花とグリーンで纏められたブーケを、傍らのブーケスタンドにたてながら言う。
メイド達から歓声があがる。王自ら摘んだ花を贈られるのも勿論だが、その花を見る事も滅多にない。
「素敵だわ、陛下が手ずからお摘みに?」
陽子さんは感動していた。花束も何度か贈られたことがあるが手摘みの花束は初めてだ。
アルヘルムが、朝起きてすぐにナッサウを連れて庭園を回ったという。
--花を摘むアルヘルム様は絵になりそうね。
「仕事柄ブーケもよく拝見いたしますが、見事なあしらいですわ」とマダムも感心しきりだった。しかしマダムの関心を持っていったのは選ばれた花達についてだ。
--あしらいも帝国で十分通じるものだけど…この花のチョイスは…国王様自らなのかしらね。意味深ねぇ。贈った側の心情か贈られる側に求めるものかでずいぶん違うわね。
白のラナンキュラスの花言葉は、「純潔」
シレネの花言葉は「青春の愛」「青春の息吹」
ラムズイヤーの花言葉は、「あなたに従います」。
ウツギの花言葉は「秘密」
イベリスの花言葉は「心をひきつける」
そしてアイビーの花言葉は「永遠の愛」
マダムがそんな事を思いながらブーケを眺めていたが、お針子の「マダム、お化粧終わりました」の声に、思案は彼方に飛んでいった。
ウェディングドレスを纏うと、花綱模様のティアラを足台に乗ったマリアにつけてもらった。マダムがロングベールをマリアに手渡す。メイド達が手分けしてベールをふわりと広げると、マリアはアップにした髪の高い位置に、ピンでベールを留めた。
バランスを、確認し陛下に贈られた真珠のイヤリングをつける。
「では…アデライーデ様。マダムにベール・ダウンをお願いししてもよろしいでしょうか?」
「ええ…そうね。マダム。お願いしてもいいかしら…」
マダムはにこにこしながら、快く引き受けてくれた。
「私で良ければ…」
マリアは足台をアデライーデの前に置くと、マダムの手をとりマダムを足台の上に誘う。
アデライーデは猫背にならないように腰を落とす。
メイド達が後ろからベールをまわし、受け取ったマダムがゆっくりとベールをおろす。
マダムは足台から降りるとベールを整えてくれた。
「マイヤー夫人、花束を」
マダムがマイヤー夫人に声をかけると、マイヤー夫人はブーケスタンドからブーケをとり、アデライーデに手渡した。
「どうぞ。皇女様」
「ありがとうございます」
ベールの中でアデライーデは微笑んだ。
皆に祝われている時に、ノックして女官が一人入ってきた。
「ヨハン・ベック伯爵様がいらっしゃいました」
マイヤー夫人が頷くと女官は、片側のドアも開けてヨハン・ベックを招き入れた。
明るい金髪を整え、黒に金の刺繍の入った勅任文官大礼服を纏い白の手袋を着けたヨハン・ベックは、アデライーデの前まで進むと柔和な笑顔で恭しく挨拶をした。
「フローリア帝国第7皇女、アデライーデ殿下。本日まことに良き日を迎えられましておめでとうございます。このヨハン・ベック恐れ多くも陛下の名代を務めさせて頂く栄誉をありがたく思います」と、祝いの言葉を述べた。
「お祝いの挨拶をありがとうございます。よろしくお願いいたします」
アデライーデが挨拶を受けると、マイヤー夫人が「そろそろお時間でございます。参りましょうか」声をかけた。
ヨハンがアデライーデをエスコートしマイヤー夫人とマリアと共に花嫁の部屋を後にする。
「アデライーデ様をエスコートされる伯爵様も素敵でしたわ…」
「本当に、絵になる美しさでしたわね」
「お仕えできて幸せだわ」
メイド達は、うっとりと夢見心地に二人を見送ったあと、マダム・シュナイダーとお針子達を披露宴のホールへと案内した。




