62 バチェラーパーティ
「よっ、花婿さん。2度目のバチェラーパーティにようこそ」
「……飲まないぞ」
執務室に入るなり、書類と戯れていたタクシスがいつもの様にアルヘルムを軽口で出迎えた。
「そんなに…だろ?」
見ていた書類の束を脇に押しやり、サイドテーブルからグラスを2つ出してきて蜂蜜酒のボトルを置いた。
「明日の招待者のリスト、もう一度目を通しておいてくれ」
「あぁ」
ソファに座り手渡されたリストに目を通していると、タクシスがボトルの封を切って蜂蜜酒をグラスに注いた。
「で、義父殿は別居賛成だって?」
「あぁ、娘の望むようにしてくれているのを嬉しく思うと離宮暮らし前提での書状が来た」
そう言って、執務室机の上にあった書状をタクシスに渡した。
タクシスは書状に目を通すと、グラスに口をつけふぅと息を吐く。
「私文書に見せかけた公式文書だな。使っている紙もサインも…『貴国との盟約が永遠である事を望む』か…最後にちゃんと脅してきてるし……反故にして王宮暮らしをさせたり粗末に扱ったら、確実に兵を向けられるだろうな」
「確約が必要なら、陛下に文書を求めてもいいと言われたが、本当に送られてくるとはな。それも婚儀の前に」
「その件だが、帝国は街道に駅を作っているぞ」
駅とは、伝令が乗る伝馬のいる場所だ。一頭の足の早い馬で目的地までいく早馬と違い、伝令はリレーの様に駅ごとを馬を乗り換えて昼夜を問わず走り抜き目的地まで荷物を運ぶ。長距離になればなるほど早馬より早く書状を運ぶ。
「あぁ、ヨハン・ベックから書状を渡される時に聞いた。そっちは誰からの情報だ?」
「ライエン伯爵だ。街道沿いに最低3頭の馬の置いた駅を作るようにと依頼が来たそうだ。皇后が手紙のやり取りをしやすい様に希望された…と発表したらしい」
書状をアルヘルムに渡すと、タクシスは蜂蜜酒を飲んだ。
「花嫁様はどちらの離宮を選んだんだ?」
「湖の離宮だ。海が近いからだそうだよ」
「帝国は内陸国だからな」
「初めてあの年なりのキラキラした笑顔を見たよ。港町に行きたいそうだ。船はどんなものか異国の人はいるのかと聞かれた」
「それで答えてやったのか?」
「答える前に、答えるなと言われたよ」
「なんだそれは?」
「質問したが、答えは自分の目で見たいらしい。随分とはしゃいでいた」
アルヘルムがその時のアデライーデの様子を思い出し笑いしていると、タクシスはジト目でアルヘルムを見ながら手酌で蜂蜜酒を注ぐ。
「2年は手を出すなよ」
「何言ってるんだ?」
「皇帝に八つ裂きにされるぞ。お前の好みを外れちゃいないが、大物すぎる。飾って眺めるくらいが丁度いいかもな」
「お前…明日結婚するんだぞ。それに子供相手だ。ブランシュが大きくなったら、ああなるのかと思ったんだ」
「ふん。そういう事にしといてやるよ」
タクシスはそう言うと、離宮の設計図をテーブルに置いた。
「水回りの設備とカーテンはすべて交換だ。壁は洗わせる。ゲスト用の物はそのまま。庭は好みがわからんから清掃と剪定だけ。家具やリネン、小物はすべて帝国からの持ち込みだ」
「人員は?」
「ヨハン・ベックから輿入れの荷物の御者達が『余って』いるから使って欲しいと申し出があった」
「余っている?」
「奴が帰国する時に連れて帰るらしいが、遊ばせておくのももったいないので掃除や荷運びに使って良いそうだ。普段は帝国で城の修繕や庭の手入れをしている者達らしい。身元は保証すると言われたよ」
「監視は付けるが正直助かる。身元調査してからでは時間も金も足りないからな」
「離宮の警備は?」
「騎士団から交代で3名。警備は小隊で30名を常駐だ」
「当面、それでいいだろう」
「メイドは?」
「……5人程考えているが中々決まらなくてな」
「決まらない?」
「今のアデライーデ様付きの3人は続投だが、残りの2人がな…」
「少し給金を上げるか…」
「違う……希望者が多すぎるんだ」
「多すぎる?」
アルヘルムの酒を注ぐ手が止まった。
「今の3人のメイド達から色々聞いたらしい。まぁ帝国の皇女様の実態はどうだろうと興味津々だろうからな。で、あの調査書と同じだよ。是非お仕えしたいと…凄い人気なんだよ」
アルヘルムは苦笑いしながらグラスに口をつける。
「そのうち城が空っぽになるんじゃないか?」
タクシスが笑いながら言うと、アルヘルムも笑ってグラスを置いた。
「上手くやれるかな…」
「上手くいくんじゃないか? 相手もそうしようとしてるんだろ?」
「そうだな」
「離宮の話をしたら、目を輝かせて礼を言われたよ」
「変わってるよな」
「あぁ、離宮を用意して喜ばれるとは思わなかった。嫌われてるとは思わないが、離れるのを嬉しがられるとはな…」
アルヘルムはボトルを手にとり、酒をグラスに注いで飲み始める。
--そう言えば、アルヘルムは年上好みだったな…
テレサ様も落ち着いた方で、控えめだが芯の強いタイプだ。
アデライーデ様は14才だが、とても子供とは思えない時が多々ある…
それに、迫られる事はあっても逃げられる経験はほとんど無かったからなぁ
タクシスは、アルヘルムの中でアデライーデへの評価が変わりつつある様な気がした。
パチパチと暖炉の薪がはぜる。
「もう寝ろ」
「ん?」
「明日は、主役なんだろ?」
「主役は花嫁だろ」
「どっちにしろバチェラーパーティはもうお終いだ。二日酔いにでもなって、皇女様に恨まれたくないからな。俺はもう少し仕事をするからもう休め」
「パーティってよりほとんど仕事だったがな。そうだな、明日は笑うのが仕事だからな」
じゃあと、執務室を出て行くアルヘルムをタクシスはソファに座って見送った。




