59 閨の指南書
どきどき…
どきどき…
--子供を二人も産んで今更だし、裕人の部屋でこの手の本を発見したこともあったけど…まさか皇后様から渡されるとは思わなかったわ…
閨教育などで実践を積みながら教えられていく男性貴族と違い、女性貴族は、親族以外の男性とは夜会や茶会などの公の場以外で会うことなく育てられる。
個人的に異性と会う時は必ず母親や付添人がいる。
つまり、デートは女性宅か監視人付きである。
そんな女性貴族が結婚する際に問題になるのが、閨の教育なのだ。
抱擁とキス以上の予備知識が全くなく、当たり前だが初めての事にショックを受け初夜以後床を一緒にするどころか顔を合わせるのも嫌だとなる。
子供はおろか夫婦仲も悪くなり、後継の為に第2夫人でも迎えた日には本妻と第2夫人の権力争いになって崩壊の憂き目にあった家も多いのだ。
--そういえば、何処かのお公家様の閨指南書の出来が良くて、有名な武家の方がぜひ写本させて欲しいと言ったって話を聞いたことがあるわ…
そういう陽子さんも小学校の頃、女子だけ暗幕を張った体育館でおしべとめしべがくっついてと説明を受けた。おませな子達からうっすら聞いていたが、のんびり育った子供だった陽子さんはかなりショックを受けた覚えがある。
--どんな感じに書いてあるのかしら。やっぱりおしべとめしべが…なのかしら。
興味津々にページをめくると…
1ページ目に、子供はコウノトリが運んでくるのではありませんとあった。
2ページ目に、夫婦は一緒にベッドで眠るものとあった。
3ページ目に、どんなに驚いても淑女は大声をあげないとあった。
4ページ目に、ビフォーアフターの男性の実物詳細図と説明書き。
--はぁ?? なんで幼稚園児向きな説明から、いきなり生物学的な詳細図なのよー!! 飛びすぎでしょうが!!
陽子さんは、指南書に突っ込んでいた。
ページをめくると、オーソドックスな体型の図解と説明書きが詳細に書かれている。あとは想定される会話の「正しい問答集」が数ページに渡って書いてある。
どうだったか
陛下の愛を感じましたわ。
痛くはなかったか
・陛下の愛に翻弄されて…よくわかりませんでした。
嫌ではなかったか
~痛くなかったかとの質問の後であれば、強く否定しましょう。
・とんでもありません。幸せでございます。
良かったか
〜ここで良かったとは答えてはいけません。
・よくわかりませんが、陛下のお傍にいられるのは幸せでございます。
要は、痛かったと言えば相手の技術(?)が下手となり、良かったと言えば、非処女と疑われる。具体的な質問には「初めてなのでよくわかりません」と答えなさいと書かれている。
そして、最後には「相手にお任せしていれば全てうまくゆく」とある。
--これって役に立つのかしら。マナー本みたいね…。 女性側のメンタルケアとかまるで無いわ。
次の本を開くとタイトルは「お召しが遠のいた時」とある。
ーーー
貴女も陛下とお過ごしになるのも慣れてきたように、陛下も少し単調さを感じていることでしょう。
--さりげなく、失礼ね。
あからさまではなく積極的にお誘いしましょう。含みを持たせた目線や軽く陛下の腕に触れて「ご一緒に月を眺めたい」等と言うのが無難です。
--雨の日や曇りの日には誘えないわね。
軽いお酒をおすすめし、媚薬をしのばせるのも効果的です。
その場合混入を悟られないように、甘いお酒やカクテルがおすすめです。
--それって犯罪では???媚薬ってなによ!
体位の変化も、男性の心を踊らせるものです。
次のページの体位を偶然を装ってお試しになるのも、単調な営みの変化をもたらすことでしょう。
そう書かれた次のページからは、いわゆる48手的な体位の図解と行うためのポイントが書かれていた。
--どう見てもアクロバティック的なものもあるんですが…
そう思いながらも、詳細な図解に顔を赤らめながら1ページ1ページ丹念に見ていく陽子さん。
--こういう本はほとんど見る事が無かったから、何が正しいかなんてわからないけど、何も知らない子にしてみたら何も無いよりマシなのかも。
キスでドキドキするお年頃で、いきなり初夜だとねぇ。
指南本を閉じ、他の本を手に取るとそちらは普通の(?)王妃としてのマナー本や心得本と最新の帝国の貴族録のハンドブックだった。
マナー本と心得本が少し年代物なのは、ローザリンデが使っていたものなのであろう。
ノートは新品の物だ。その中にメモが挟んであった。「誰の目にも触れさせたくないものを書くといいわ」とローザリンデの文字がある。
--何も知らないアデライーデに少しでも役に立てばと、送り出す皇后様の親心なんだわ。異世界から来た私にはびっくりな贈り物だったけど。
指南書を元通りに戻し鍵をかけてベッドの横に置いて、ワインのグラスを手にとった。
--アルヘルム様には別居を申し込んだし、白い結婚ならあと2年は指南書は役に立たないわね。愛妻家っぽいアルヘルム様とは、一生白い結婚でもいいと思うんだけど…。ダメかしら…




