57 帝国からのウェディングドレス
「アデライーデ様、帝国よりウェディングドレスが届きました。ご確認をお願いいたします」そう言ってヨハン・ベックはにこやかにお辞儀をすると、帝国から来た侍従達に命じて荷物をアデライーデの部屋に運び込んだ。
男性8人で小型のクローゼット?タンス?を2つ。また布の掛かったカートを2台運び入れる様をみてアデライーデは目を丸くし、マリアとメイド達は目を輝かせていた。
やはりいくつになっても、ウェディングドレスと言う響きは女性の心をときめかすものらしい。
ヨハンを案内したマイヤー夫人も退出することなく、マリアやメイドの達の側にいて心なしかソワソワしている。
「先ずはウェディングドレスから…」ヨハン・ベックは、侍従に目配せすると4人の侍従達は運び入れたクローゼットの大きい方を開き始めた。
観音開きに扉が開き、パタパタと分解できるタイプらしい。
現れたドレスに、マリア達から声が上がる。
純白のドレス…艷やかな光沢の生地をたっぷりと使いトレーンは2メートルくらいだろうか。
胸元は緻密なレースに飾られ真珠やビジューが散りばめられている。清楚な中に気品がある素晴らしいドレスにみな釘付けになった。
ヨハン・ベックは、皆がドレスに目を奪われているのを満足そうに見渡すとアデライーデにドレスの説明を始めた。
「こちらのドレスは皇后様が婚儀の時にお召しになったドレスでございます。アデライーデ様にお召しになっていただきたいとドレスの作り手のマダム・シュナイダーに依頼されアデライーデ様の為に作り変えられました。皇后陛下はアデライーデ様のお幸せを願っておられるとのことです」
そう言うと、アデライーデに恭しく銀のトレイに乗った一通の手紙を差し出した。
中にはアデライーデにこのドレスを贈るから着てほしい。このドレスが貴女の身を守ることを願うと優美な文字で書かれていた。
「皇后様… ありがとうございます」
陽子さんは、アデライーデへの皇后の気遣いに胸が熱くなった。皇后が着たドレスを贈られると言うことは、アデライーデが皇后から大事にされていると言う事を周りに印象付ける。それだけでこのドレスはどんな鎧よりも強くアデライーデを護るだろう。
渡された手紙を読み終わると、ヨハン・ベックに促されトレイに戻した。「後ほど他の物とご一緒に、お渡しいたします」とカートに手紙は戻された。
もう一つのクローゼットの中には 縁取りに刺繍が入った豪華なベールと靴が入っていた。下にはコルセットやパニエが入っているであろう大きな箱がある。
「アデライーデ様、明日にもマダム・シュナイダーが参ります。調整はマダムにお任せください」とヨハン・ベックは告げた。
「マダムがこちらまでいらっしゃるの?」
「はい、調整までがお仕事の範疇だとの事です。昨日ドレスと一緒にお出でになりましたが、長旅でお疲れのご様子でしたので明日とお願いいたしました」
「ありがとうございます。マダムのお年では馬車の旅はご負担ですものね」
若い体になっている陽子さんでも、腰とお尻が痛かったのだから実年齢が近いマダム・シュナイダーなら相当負担だったろうとヨハン・ベックの気遣いに感謝した。
「では次に、陛下からの贈り物でございます」
ヨハン・ベックはそう言うとカートを1台侍従に押してこさせ、掛かっていた布を取らせた。
銀のトレイには紅桔梗色のサッシュが載せられていた。
この色は帝国の国花である桔梗の色に紅色を加えた濃い紅紫色で金のラインが両端に入っている。
サッシュは肩から斜めに掛けるようにした幅の広い飾り帯で勲章を帯びるのに用いるものだ。
「陛下から、国外にお輿入れされる皇女様へと贈られるフローリア勲章でございます」ヨハン・ベックはそう言うと、黒いビロードの箱を手に取りアデライーデに手渡した。
アデライーデがその箱を開けると中にはダイヤとアメジストで桔梗を模して作られた勲章が入っていた。
これも国外に嫁ぐ皇女達を護る剣なのだろう。
身につける事で、出自は帝国の皇女である事を知らしめる。
アデライーデが勲章を見つめていると、ヨハン・ベックは大きな赤いビロードの箱を指し示した。
「こちらは、ティアラでございます」
促されるまま箱を開けるとそこにはダイヤと大粒の真珠をあしらった花綱模様のティアラが入っていた。
豊穣の意味を持つフェストゥーン。
花は桔梗を模している。エルンストのアデライーデへの想いが込められているようなティアラだった。
その他にもたくさんの宝飾品がアデライーデに贈られた。
その一つ一つの見事さに、皆声も出せずにヨハンの説明を聞いていた。
「陛下からは以上でございます。次は皇后様からでございます」と2台めのカートを侍従に用意させた。
カートの布を取るとそこには、種々の扇と手袋が並べられていた。
趣向を凝らした大量のハンカチもある。
「こちらの品々は皇后様から、アデライーデ様への贈り物でございます」と紹介した。
どれも上等の品で、繊細な作りの扇やハンカチは貴婦人の持ち物としては欠かせないものらしい。
アデライーデがすべてのものを確認したあと、ヨハン・ベックはウェディングドレスを衣装部屋へ移動させるにはどのようにすれば良いかと尋ねた。
マリアが、マイヤー夫人とメイド達に手伝いをしてもらいながらドレスを移動している時にヨハンは胸元から小さな小箱を取り出すと「皇后様からのご伝言で、後ほどご覧になっていただきたいとの事です」と告げアデライーデに手渡した。
「? はい…」
ウェディングドレスもさることながら、博物館や本でしか見た事が無い大量の宝飾品に圧倒されていた陽子さんが、渡されるまま小箱を受け取ると、ヨハン・ベックは小声で「お一人の時に…との事でございます」と囁いた。
「??」
何を?と聞こうとした時に、マリア達から戻って来たので思わず渡された小箱を握込んでしまった。
「それでは、私はこれにて…」とマリアに目録を手渡すと、ベックは爽やかに挨拶をし侍従達を連れて退出した。小箱の説明もせずに…
--何かしら…この小箱。一人のときに見てって…
陽子さんは小箱が気になって仕方ないが、マリア達はカートの上の陛下達からの贈り物が気になって仕方ない。
小箱をさっとチェストにしまうと、そわそわしているマリア達の熱い期待に答えて、目録を広げながら宝飾品を再度確認していく事にした。
「言葉もないくらいに見事な宝飾品の数々ですわ…」とマイヤー夫人がほぅと息をして宝飾品の乗ったカートを見つめていたが「目録も絵付きとは… 取り入れるべきですね」と直ぐに仕事モードに戻っていった。
流石である。
「こんなに間近に拝見できるなんて!」
「素晴らしすぎて、うなされそうです!」
「ステキです!素敵です!」
…メイド達は少し壊れている。
マリアも興奮気味に宝飾品を見ていたが、皇后様から贈られた扇をみて「もしかして…」と呟いた。
「どうされましたか?マリア様」マイヤー夫人がマリアに聞くと「こちらの扇なのですが……。アデライーデ様広げてみてくださいませんか?」と扇を差し出した。
「え?ええ、良いわよ」とアデライーデが扇を広げると「やっぱり!この扇、皇后陛下とお揃いですわ!」とマリアは興奮気味に言い出した。
「以前の西の大国との晩餐の時に皇后様が、同じ扇をされていました。こちらの贈り物の品は多分すべて皇后様と同じ物ではないでしょうか」
「そうかも知れないわ…」
--皇后様にとって、アデライーデは本当の娘と同じくらい大切なんだろうな
アデライーデはハンカチを手にとった。レースで作られたハンカチからふわりと柔らかな香りがする。別れ際に抱きしめられた時と同じ香りだ。
「アデライーデ様は、皇后様に可愛がられておいででしたのね」
マイヤー夫人の言葉にアデライーデは微笑んだ。
「ええ、母のように気遣ってくださるわ。ありがたい事だわ」
しばらく他の扇を広げたり手袋等をはめてみたりしながら、わいわいと過ごすと、マイヤー夫人も長居致しましたと退出しメイド達も夕食の準備の為に部屋を出ていった。
マリアは宝飾品を鍵付きの小部屋にしまい、扇や手袋をクローゼットルームに運ぶためカートを押そうとして「ふんっ!」と変な声を上げた。
「どうしたの?」
「失礼しました、このカートすごく重くて… くっ… 何か噛み込んでいるのかしら…」
マリアがカートの下のスカートをめくると、そこには女神が描かれた木の箱があった。大きさはみかん箱くらいで脇に鉄の取っ手がついている。
「アデライーデ様、箱がございます」
「何かしら…。説明し忘れたって事は… あっ!」




