54 馬とポニー
「え〜!普通の馬ではないの?」
「フィリップ様、普通の馬でございますよ。少し小柄なだけでございます」
どうもフィリップが思っていた馬のサイズと、厩舎に居たこれからフィリップが乗る馬のサイズが違ったらしい。
突然フィリップがやって来ることは度々あったらしいが、先触れもなく皇女様を連れてくるとは思って無かった馬丁は恐縮しきりだった。
「フィリップ王子、体に合わぬものは危のうございます。体が大きくなれば、段々と大きな馬を乗りこなせるようになりますとも」
「う〜……」
馬丁に宥められていたが、アデライーデに普通の馬に乗れるといった手前恥ずかしくて顔を上げられないフィリップに陽子さんは声をかけた。
「私には、この馬は大きく見えますが…」
「父上はもっと大きな馬に乗っているのです」
--あ〜、大人と同じものにこだわる年頃よね。子供扱いされると嫌がるし、何でもパパのマネしたがったわね。裕人も…
「直ぐにフィリップ王子も大きくなりますよ」
「………」
アデライーデが宥めてもフィリップは、拗ねて返事をしなかった。
「今まで乗っていた馬は、どの馬ですの?」
「あの馬です」
フィリップが指差した先には小柄な馬がいた。その隣にはポニーが草を食んでいる。きっと最初はあのポニーに乗って練習したのだろうと陽子さんは思うと、一計を案じた。
「フィリップ王子、乗馬を教えてくださいませんか?」
「え?」
「私、馬に乗れませんの。だから是非教えて欲しいのです」
「でも、私は教えたことはありません」
「最初はどの馬に乗ったのですか?」
「あのポニーから練習しました」
フィリップはポニーを指差すと、ポニーは何か感じたのかこちらを見る。馬丁はなにかそわそわと何か言いたげにこちらを見ているので、アデライーデは馬丁に目配せをしてフィリップにお願いをした。
「今日は用意も何もしていないのでそのうちにですが、フィリップ王子が新しい馬を乗りこなせるようになったら教えてくださいね。先生」
「はい!たくさん稽古をして直ぐに乗れるようになります」
「楽しみにしていますね」
フィリップは、今まで教わる事があっても教える事など無かったので、キラキラとした目で答えて先程の馬を撫でに行った。
目の端に馬丁のホッとした顔が見える。
--良かったわ。前向きになったかしら…
「ところで、今日はお勉強はないのですか?」
「あ…」
フィリップは午後の授業をすっぽかしていた事をすっかり忘れていたのだ。
青い顔をして、どうしようと立ち尽くしているフィリップを見て陽子さんは気が回らなかった事を悔やんだ。
--悪いことにしたわ。怒られちゃうわね。もしかしてフィリップを探し回っていた騒ぎになってるかも…
「私がフィリップ王子にお散歩しましょうと誘ったのですから、私も一緒に行って謝りますわ。フィリップ王子は悪くありませんよ。よく考えもせず誘った私が悪いのですから」
そうフィリップに声をかけて、王宮に戻ろうとしたときにマイヤー夫人が茂みから現れた。
…手には何も持たずに。
「フィリップ様、こちらにいらっしゃったのですね」
「マイヤー夫人…」
茂みからのマイヤー夫人の登場に皆は驚いた。
後ろから女官が、なぜか恥ずかしそうに続けて出てくる。
フィリップは青い顔を更に青くしてうなだれている…
「あの…マイヤー夫人…フィリップ王子を叱らないでください。私がフィリップ王子をお誘いしたのです。申し訳ありません」
アデライーデがそうマイヤー夫人に説明すると、マイヤー夫人はアデライーデにカーテシィをしてフィリップに向かいこう告げた。
「フィリップ王子。フィリップ王子の為に家庭教師はずっとお待ちになっておいででした。家庭教師とのお約束を無駄にしたことを今から行ってお詫びなさいませ。お部屋でお待ちですよ」
「はい…」
フィリップはうなだれて、マイヤー夫人が連れてきた女官と一緒に王宮に向かって行く。
マイヤー夫人は、二人の姿が見えなくなるまで見送るとアデライーデの方に向き直した。
「フィリップ様は、アルヘルム様と同じで時々授業をおサボりになります。けじめはつけなければなりませんので」と言うと、深くカーテシィをした。
「皇女様、フィリップ様をお赦し下さり、また親睦を深めようとして下さった事を感謝申し上げます」
「マイヤー夫人…」
マイヤー夫人は姿勢を正すと、失礼いたしますと王宮へ帰っていった。
その日、フィリップは家庭教師から注意はされたものの、途中で入ってきたマイヤー夫人に耳打ちをされた家庭教師から、いつもの書き取りの罰は受けずに済んだ。




