461 海賊と海軍
「あの様子だと、今日は離宮に帰れないんじゃないか」
「そうなるだろうな。アデライーデは子供達の『お願い』に弱い」
「お前は、アデライーデ様の『お願い』に弱いものな」
タクシスの返しにアルヘルムは苦笑いをし、執務室のソファに腰を下ろした。
アデライーデは子供達やタクシス達を交えた内輪の午餐をとったあと離宮に帰る予定だった。だが食事中にそれを聞いたブランシュとカールが「一緒に遊びたい」と、大人達に強請ったのだ。
可愛らしい天使二人の願いにアデライーデが折れない理由がない。午餐が済むと、アデライーデはブランシュとカールに引きずられるように遊戯室に連れられていった。
「何はともあれ、これで来年の婚約発表までの布石は打てたな」
「うむ。大方の貴族達は海軍創設でのノアーデンとの繋がりで賛同は得ていたし、夫人達への根回しはテレサ達が、ラグナル殿達へはアデライーデの二度の離宮への誘いがあったからな。ラグナル殿もリネア姫を嫁がせるにあたり安心されたようだったよ」
「アデライーデ様からもう一度離宮に招きたいと手紙が来た時は驚いたが、帝国から輿入れされたアデライーデ様からの二度の誘いがあったからこそ、ラグナル殿下は安心されたんだろうな。士官の派遣の交渉も思った以上の条件だった」
「うむ」
タクシスの言葉にアルヘルムが考え込んでいると、タクシスが呼んでいた給仕がお茶を置いていった。
「海軍と名乗らせるには、まだ先の話だな。ペルレでノアーデンの操船術を見て実感した…」
「それは、仕方あるまい。我が国には今まで小型の沿岸警備艇が二隻しか無かったんだからな」
アルヘルムの呟きに、タクシスはそう応えお茶を口にした。
「そう考えると、この縁組はバルクの将来にとって良い選択だったと思うぞ」
「あぁ」
今回ノアーデンから購入した巡回艦や護衛艦はそれぞれ数隻。
今のバルクに中型や大型船を操れる人材はおらず、船の購入にあたって船を操れる人材と指導者をノアーデンから有償で借り受け、海兵の訓練と海軍としての組織づくりをノアーデンに依頼したのだ。
去年まで水や食料を補給するだけに寄港していた中規模の商船だけでなく大型船もペルレ島へ寄港しだし、バルクから高価なクリスタルガラス製品が、帝国からは高品質な毛織物や茶器、材木をペルレ島から積むようになったと噂が、周辺にいた破落戸達の間に回った。
中型の商船は大型船が出航するのを見て、ある程度の距離は保ちつつ数隻集まって海を渡る事が多い。
お互いに商売敵であるが、海上では突然の嵐や操船トラブルに見舞われる事もあり、中型船が大型船を助けることも多く、主の違う船同士とはいえ板子一枚下は地獄を知る者同士、助け合っていた。
何事もなければそれまでで、トラブルには自船に余力がある限り助け合う。もちろん無事に目的の港につけば、それなりの謝礼は払わねばならないが。
海には昔から海賊と呼ばれる者達はいた。
いたが、彼らは常時略奪行為をしているわけではなく、日常は周辺国の貧しい農民や漁師だった。
日々はそれで糧を得ていたが、食い詰めた時に深く細長い湾や入り江、沖の島に隠しておいた船に乗り込み、霧や宵闇に紛れて略奪行為を行っていた。
言わば、パートタイム海賊である。
それまで、船同士の助け合いで時折出る海賊に対しても何とかなっていたが、帝国の戦争が終わりそれまで傭兵として戦っていた者のうち、農民にも漁師にも戻リたくない破落戸が食い詰めて、それまでのパートタイム海賊に成りかわり専業海賊として台頭してきたのだ。
これからズューデンだけでなく他国とも海を使った交易を始めるバルクとしては、これに手を打たねばならない。
「ところで、フィリップは遊戯室に一緒に行かなかったな。いつもはアデライーデ様が王宮に来ると一緒に遊戯室に向かうのに」
「自室に戻ると言っていたな。まぁ、そろそろ兄弟達と一緒に遊ぶのを恥ずかしがる年だからな」
「そうか」
二人はそれぞれに自分の子供時代をフィリップに重ね、ティカップに手を伸ばした。
半月後、アルヘルムとテレサにラグナルから公式に丁寧な礼状と、旬の生きた蟹がどっさり船でバルクに届けられた。
また私信というリクサ妃からの礼状に、帰国の翌日にフィリップからリネアへ手紙が届いたことにいたく感動していること、来年春の婚約発表時にスケッチブックの制作者を紹介してもらえないかと認めてあった。




