450 鳩と舞踏会
「今年の豊穣祭にフィリップ様のご婚約者様がバルクに来られるのね」
「はい。リネア王女殿下はご両親であるノアーデン国王太子ご夫妻と共にご来訪される予定です」
アルヘルムからの手紙を見ながらアデライーデが呟くと、既に同じ知らせを受け取っていたレナードが返事をした。
「フィリップ様のご婚約は両王家でご内定しておりますが、まだ公にはなっておりません。名目上は今後創設する海軍の軍艦や練習艦、支援艦を依頼する事を踏まえ、ノアーデン王家との親睦を深める為のご招待という形をとりますが、フィリップ様のご婚約を前提とした両王家の実質的な初顔合わせとなります」
ーこれは…テレビとかで見たご婚約前にお相手のご両親を皇居にお招きとか言うのと同じなやつね。
陽子さんは昔見た皇室特集番組を思い出しながら、レナードの話に耳を傾ける。
「大変ね。だったら、周りにはまだ知られてはいけないのね」
「いえ、公にはなっておりませんが主だった貴族は皆フィリップ様のご婚約が内定したとは察しておりましょう。豊穣祭へのリネア王女殿下の公式招待は全バルクの貴族達への将来の王太子妃内定との暗黙のお披露目の場となります」
「え?」
既に国内の高位貴族令嬢達へのフィリップとの顔合わせは済んでいる。その誰ともそれ以上の進展がなく、ノアーデン王家からの婚約内定決定後にそれとなく高位貴族夫人達へ子女への縁組がどうなっているかとの話が、テレサやメラニアから茶会で振られていた。
と言う事は、フィリップの相手は国外の王族であることが内定済みだと言う事だ。貴族達は素早くフィリップの子との繋がりに備え子女の縁組に走る。そして次代の王妃がどの国の姫なのかと貴族達の関心が高まっていた。
いずれ宮廷の頂点に立つ他国の姫であるリネアが、できるだけすんなりと彼らに受け入れられるようにとの両王家で配慮された招待でもあるとレナードはアデライーデに説明をした。
ーそっか。見知ったご令嬢なら、みんなある程度の為人は知っているけど、外国人であるリネア様の事は知らないものね。そう考えたら、私が輿入れしてきた時も、アルヘルム様達は何かしら事前に貴族の皆さんにお達しをしていたんでしょうね。
それを聞くのが怖いような気がして、陽子さんは何も言わずにただレナードの説明をうんうんと聞いていた。
「…と、言うことでアデライーデ様からもノアーデン王太子ご夫妻とリネア殿下を、こちらにもお招きしていただきたいとのことでございます」
「へっ?!」
「私へは、そのようにご指示がございましたが…」
レナードの言葉を聞いて慌てて手紙の2枚目をめくると、確かにそのように書いてある。
「ど…ど…どうして、ここにご招待? だってフィリップ様のご両親はアルヘルム様とテレサ様では? 私は豊穣祭に王宮に行った時にご挨拶をすれば十分じゃ…」
アデライーデが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして必死にレナードに訴えると、レナードはやっぱりという顔をして小さくため息を漏らした。
「……アデライーデ様。お忘れかもしれませんが、アデライーデ様はバルクの正妃様で、フィリップ様の義母にあたられます」
「……」
ーすっかり忘れていたわ…。
王宮にいれば、貴族達との付き合いを遠ざけていても多少なりと接触があったり使用人達から正妃という扱いを受けて自覚がつくのだが、アデライーデは年に数回王宮に行く事を除けばこの離宮で他の貴族達とはほぼ関わりを持たずに、気ままに暮らしている。
陽子さんにとって正妃、ましてフィリップの義母という自覚は限りなく薄い。できれば忘れておきたい事実である。
「ここは普段は離宮と呼ばれていますが、ノアーデン側から見ればこの離宮は正妃宮とも言えます」
「……はい」
「普段、滅多に姿を現さない正妃様が、王族以外誰も招かない離宮にリネア王女殿下を招かれる。貴族達はリネア王女殿下は正妃様にも認められたと思うでしょう」
「……」
コーエンとアメリーは、結構気軽に招いているんだけどな…と頭に浮かぶが、言ったら絶対怒られるだろうと思い、陽子さんは黙ってこくりと頷いた。
「であれば、リネア王女殿下を将来の王太子妃としてお迎えするにあたり、ノアーデン王太子ご夫妻とリネア王女殿下をこの離宮にお招きし歓待する事は正妃様としては?」
「……当然の事です」
噛んで含めるようにレナードがアデライーデに言い聞かせるのを聞いて、満面笑みのマリアがずいっと進み出た。
「レナード様、歓待とはどのようなものを催されるのでしょうか?」
「具体的には決まっていないようですが、午餐会以上のおもてなしになると思いますが、なにかありますか?」
「でしたら、アデライーデ様主催で、フィリップ様とリネア様の為の小さな夜の舞踏会はいかがかと思いまして。お二人とも年齢的にはまだ正式な舞踏会前と思います。初めての舞踏会のお相手が将来の婚約者同士…。良い思い出になるのではないかと思います」
マリアは夢見るような目で空を見上げ、後ろでミア達がこくこくと頷いている。
「悪くございませんな。正式な婚約発表の際は皆の前でのお二人でのダンスの披露もある事ですし」
マリアの提案にレナードは、ふむと考えこんだ。王族の婚約式でのダンスの披露は必須だ。
だがフィリップとリネアは、婚約式以前に練習をする時間が取りにくいはずだ。リラックスした場でお互いのステップを馴染ませるのは良い機会でもある。
「え…え?舞踏会の主催って? 私が主催なの??」
「お任せください! 腕によりをかけてお綺麗に仕上げてみせます!」
急な話の展開に驚くアデライーデにマリアが、にやりと微笑んだ。




