45 チーズに蜂蜜
マリアが部屋を出てから、帝国にいた時と同じように暖炉の前でワインを飲むと、この世界に来て1番の深い深いため息を陽子さんはついた。
--結婚イコール相手が独身って、王侯貴族の常識じゃない事は本では読んで知っていたけど、いざ自分の身に起こるとすっぽり抜けていたわ。
多分陛下達もアルヘルムに妻子がいるのはわかっていて…でも多分2人にとって、ん?それが?って感じなんでしょうね…
アデライーデを結婚をさせるという事は帝国にとってもだけど、アデライーデにとってこの結婚はメリットがあると思っているのよね。
陽子さんは、皿に盛られたチーズに添えられた蜂蜜をかけた。
口に入れると柔らかいチーズに蜂蜜がよくあって美味しい。
帝国を出る時に、穏やかに暮らせと言われたけど…
陛下たちにとっての『穏やか』と日本の庶民にとっての『穏やか』の差がありすぎるわ…
ワイングラスを持ってソファの上で膝を抱えて、暖炉の火を見つめる…
でも、長い間戦争をしていた陛下達にとって、穏やかに暮らせるって何よりも幸せな事なのかもね。陛下たちはアデライーデを大事に思っていたもの。
現代人の普通や当たり前ってこの世界では、とても幸せな事なのね。
そう言えばおばあちゃんも言っていたな。平和な世の中で食べていけるだけで幸せだって。ちょっと前の日本もあまり変わらないのかも…。
多分、陽子さんが言うちょっと前は100年くらい前の話だ
陽子さんのおばあちゃん生きていれば100才ちょっと。戦争経験世代だ。
「食べていく為に結婚したのよ」
おじいちゃんとなんで結婚したの?と聞いた時に、そう答えたおばあちゃんに軽いショックを受けたけど、今日のアルヘルム達を見てなんとなくわかるような気がした。
襲われたからと呼ぶ警察も、裁いてくれる裁判所も無くて平和も安全も確約されたものではないから、王族の婚姻でそれを補完するって本で読んで、皇女の務めを果たしますなんて言っちゃってたけど、わかったつもりだったのよね。
子供の失言でも国を荒廃させる可能性が少しでもあるなら、親子ほど年下の少女相手にも躊躇なく膝つき頭を垂れていたアルヘルム達。
アデライーデの後ろの帝国に、王として膝をついてた。
アルヘルムも妻子がいてもアデライーデを正妃に迎えると決めたのなら、それはこの国にとって何か利益があるから受け入れたのだろう。
若いのに覚悟が違うわよねぇ、私とじゃ。
陽子さんは、グラスのワインを飲み干すとグラスにワインを継ぎ足した。
テレサ様だったかしら。
アルヘルム様は他にもお妃様はいるのかしら。
紹介されなかったって事はいないのかも…
知らなかったとはいえ、彼女がどんな気持ちで今日挨拶をしたのかと思うと、一人の妻として陽子さんは胸が苦しくなる。
きっと、いろいろなものを受け入れ飲み込んだんだろうな…
彼女もまた立派な王妃なのね。
グラスを持って、暖炉の前に座り床にグラスを置いた。
バルク国の国益にとっては良くても私はアルヘルム様のご家庭にとっては、家庭崩壊の原因よね。
下の子達はまだよくわらないだろう年だから、まだ良いとしてもフィリップ王子にとって私は敵認定決定だろうし…
思春期入り口の難しい年頃の子に、自分とあまり変わらない義母ってないわよね…
でも結婚の辞退や離婚は、国としての取り決めとして無理よね。
アデライーデが正妃にならないと言う事は、多分アルヘルム様も国王として望まないだろうし。
パチパチと燃える薪をぼーっ眺めて、なんとかならないものかと思うが何も浮かばす夜は更けていった。




