433 冷たいフライパンとカリーヴルスト
「私が香辛料をローストしている間に、手伝って欲しい事があるの。まずはトマトピューレを持ってきてくれる?」
「はい」
アルトが厨房から陶器の鍋に入ったトマトピューレを持ってくる間、アデライーデは手早くすりおろした玉ねぎとにんにく、水を小鍋に入れ、戻ってきたアルトに「しばらくこれを煮詰めてほしいの」と手渡した。
そして陽子さんはレシピに書かれている香辛料の割合を確かめて、冷たいフライパンに香辛料を入れる。
ーカレー粉って作ったことないけど、何かの雑誌のカレー特集で煎って作るって読んだのよね。多分スパイスカレーの材料が全部入っていればいいはず。とりあえずレッドペッパーだけ外して…オールスパイスとかクミンとか香りのいい香辛料を心持ち多めに…と。
陽子さんは何度かスパイスカレーを作ったことがある。その時に粉にした香辛料は焦げやすいという注意書きを読んだのを思い出して、まずは冷たいフライパンに香辛料を入れ丁寧に混ぜ合わてからフライパンを火にかけた。
アルトが小鍋をかき回している横で、アデライーデはごくごく弱火で香辛料をフライパンでローストしていく。
数分すると、またカリルの良い香りが漂い始めた。香りが立ち始めたらすぐにフライパンを火から下ろし、余熱で数分火を通したあと粗熱をとるためにフライパンに粉を広げたらカレー粉の出来上がりだ。
混ぜ合わせた直後は少しぼんやりした色だった香辛料は、フライパンから下ろす頃には見慣れたカレー粉の色になっていた。
味見をすると、香りがよく味も悪くない…初めて作ったにしてはなかなかの出来だと、陽子さんは心の中で自画自賛した。
ーあとはケチャップね!
この世界トマトがあるからトマトソースもトマトピューレもあるのだが、なぜかトマトケチャップは無かった。
今までの料理で特にケチャップが必要なかったので作っていなかったが、今から作る料理にケチャップは欠かせない。トマトソースでもトマトピューレでもなく、ちょっと甘めのケチャップが絶対必要なのだ。
「アルト、小鍋は少し煮詰まってきた?」
「はい、このように」
渡した時から半分程の量に煮詰まった小鍋をアルトはアデライーデに見せた。
「ありがとう。あとは私がするわ。アルトにはフライドポテトとヴルスト(ソーセージ)を用意してほしいのだけど…。あ、あとマヨネーズもね」
「承知しました。少々お待ちください」
厨房の方に向かったアルトを見送って、陽子さんは新しい小鍋でワインビネガーの火入れをして酸味を飛ばすと、アルトに煮詰めてもらった小鍋の中身と一緒にトマトピューレの鍋の中に放り込んだ。
軽く混ぜ合わせて、オールスパイスとシナモンを振り、ローリエの葉っぱを1枚と塩と多めの蜂蜜に砂糖、にんにくのすりおろしを少量入れて味を整え、少し煮詰める。最後に隠し味として醤油がわりの魚醤を入れるのは多分日本人の性である。
ー懐かしいわね。田舎から大量のトマトが届くたびにこうやってケチャップもどきとトマトソースを作っていたのよね。そしてよく小さな火傷をつくってたわ。
トマトケチャップは煮詰まってくると、すぐに跳ねて手に襲いかかってくる凶悪さを持っている。自家製トマトケチャップの極意は、その火加減にあるのだ。
昔を懐かしく思い出しながら、トマトに襲われないように長めに持ったヘラを陽子さんは手早く動かす。
トマトケチャップがもったりとしてヘラが重くなり鍋底が見え出した頃、アルトが大皿を抱えてキッチンに戻ってきた。
「お待たせいたしました! フライドポテトと茹でヴルストとマヨネーズです」
どかりとキッチンのテーブルに置かれた皿には山盛りのフライドポテトとヴルストが湯気をたてていた。
「アルト、ありがとう」
アデライーデはヴルストを一本一口大に切って皿にフライドポテトと一緒に盛ると、出来立てのケチャップをたっぷりソーセージにかけその上にカレー粉を振りマヨネーズをフライドポテトに添えた。
そう、陽子さんが作ろうしていたのはドイツで愛されている国民的ファーストフード、カリーヴルストだ。
カリーヴルストにトマトケチャップは欠かせない。カレー粉の香りを残しつつ、トマトソースやトマトピューレより甘くてコクのあるケチャップが、カリーヴルストには必要なのだ。
日本の国民食のカレーはインド生まれの英国育ち。そして日本のお米に合うように、さらさらからどろりに姿を変え多分香辛料の配分も日本人好みに変えられてきている。
カレーを食べ慣れインドカレーや東南アジアのカレーとかも知っている陽子さんはカリルを懐かしいと思ったが、試食での料理人達は手放しで美味しいというより物珍しさの方が勝っているように見えた。
マリアに至っては、おそらく好みではない。
でも、せっかくこの世界で巡り会えたカレーなのだ。もっとマリア達に好きになってもらいたい。
だったら、マリアに馴染みの食材を使ってもっと食べやすい物にすればいいとカリーヴルストを作ったのだ。
食べ慣れたヴルストにフライドポテトとトマトから作ったケチャップ。それにほんの少しのカレー粉ならばカリルよりずっと食べやすいはずである。
「マリア。これ、マリアに最初に味見をして欲しいの」
「え? 私がですか?」
いきなりアデライーデから言われ、マリアは戸惑っていた。
正直マリアはカリルをあまり美味しいとは思っていなかった。香りは悪くないと思うが慣れない香辛料の味が舌に残り、白パンでやっと飲み込んでいた。
でも、にこにこと笑って皿を差し出すアデライーデに嫌とは言えない。見渡すと料理人達も自分をじっと見ている。マリアは覚悟を決めてアデライーデからフォークとお皿を受け取った。
「これは…トマトソースですか?」
「トマトピューレを煮詰めたものね。ちょっと甘くしているわ。名前は…そうね。煮詰める時の音からトマトケチャップと名付けようかしら」
「……この粉は?」
「カリルを粉にしたものよ。大丈夫よ、アレは入れてないわ」
「はい…」
トマトはマリアの好物だ。だから、この時期のモッツァレラチーズとトマトのサラダも、鶏肉のトマトソース煮も夏の楽しみで食べていた。もちろんヴルストも大好きである。
だが、今はその大好きなトマトからできたトマトケチャップなるものとヴルストにはまんべんなくカリルの粉がかかっている。
「もしダメそうだったら、無理しなくていいのよ」
「いえ! 大丈夫でございます。頂きますわ」
大好物2つに苦手な物1つ、数の上なら好きが勝つはずとマリアは比較的カリル粉のかかってないソーセージにぷすりとフォークを刺し、覚悟を決めて口の中に入れた。
「え…美味しい??」
「本当に?」
カリルをパンにつけて食べた時とは違い、本当に美味しいといった顔をマリアはした。
「はい。カリルの香りはしますが、このトマトソースが甘くて香辛料の味が気にならないです。とてもヴルストに合っていて美味しいです」
「マリアもカリルを楽しめそうで良かったわ」
ーやっぱりマリアには食べ慣れたものに、少しだけカレー風味を効かせる方が受け入れやすいのね。
美味しそうにカリーヴルストを食べ進めるマリアを見てアルトがそわそわしながら尋ねてきた。
「アデライーデ様、私達もそのマリア殿が食べているものを頂いても?」
「もちろんよ。みんなも試食してみて」
料理人達は我先に、自らカリーヴルストを作り口にすると一斉に「これは…美味い!」と、声を上げた。
ズューデンのカリルが姿を変え、カリーヴルストとしてバルクに根付く瞬間であった。
カゴメ様
生トマトでできるトマトケチャップの作り方!
https://www.kagome.co.jp/vegeday/eat/202105/11219/
トマトピューレからつくるトマトケチャップ!
https://and.kagome.co.jp/recipe/recipe/28/
家庭菜園にハマっていたパパさんの実家から夏はトマトが…冬は大根が段ボール一箱、毎週のように送られてきていたんですよ(実話)
その時に大量消費する為にトマトはソースかケチャップもどきにしてましたね。
大根はおろしてみぞれ鍋か大根餅にして消費してましたw
トマトはソース、大根は煮たり漬物にするよりおろすのが一番消費効率が良いですw
家族4人一回のみぞれ鍋で大根3本は消費します!
その時に導入された大根おろしもできるフードプロセッサーは今も現役です(*^^*)
屋台にもよりますがカリーヴルストにはフライドポテト(ドイツ語でポムメス、ポメス)の横にマヨネーズが添えられていることが多かったのです。無料のところも有料のところもありました。




