429 天然と養殖
ゲオルグの帰国は翌日の王宮主催の夜会で大々的に祝われた。何と言っても海を越え王弟がズューデン国と国交を結ぶという快挙を成し遂げたのだ。
小国バルクにとって、別大陸の国との国交樹立は歴史上初である。
事前に互いの国の実務者レベルで内容を練り上げているとはいえ、ゲオルグはその象徴である。
祝いの宴は華やかに催され、バルクの貴族達も今まで国内や帝国、近隣諸国に向けていた目を他大陸にも向けなければなりませんなと勢いついていた。
そんな中、陽子さんは夜会や茶会を最小限にしてもらい、子ども達と遊びまくっていた。
カールは以前アデライーデが贈った積み木に夢中で、アデライーデに大きな城を作って見せるからと張り切り、ブランシュはぬいぐるみとお人形を使ったおままごとをしたがってアデライーデのスカートを放さなかった。
おかげで、おままごとをしながら積み木の製作過程を聞くという器用な事をしてカール付きの女官を唸らせていた。
ーむかーし、薫と裕人の時もこうやって遊ばせていたもの。このくらいならお茶のこさいさいよー
ブランシュの髪を撫でながら陽子さんは昔の事を思い出していた。
二人の子供の子育ては当時専業主婦だった陽子さんのワンオペで、専業とはいえ家事をしながら目の離せない二人の子の遊び相手をするのは大変だった。
今は喉が渇いたお菓子が食べたいと言えば、さっと用意してくれる女官達がいる。遊ぶ事だけに集中できるのはありがたいことだと思う。
ーほーんと可愛いわねぇ。薫にもこんな時期があったわねぇ。
今はすっかり自分一人で大きくなったような薫の昔をブランシュで懐かしんでいた。
ブランシュは自分に似せたお人形をお人形専用の椅子に座らせて、アデライーデが操るぬいぐるみのクマを自分のお茶会に招くというおままごとに夢中になっておしゃべりをしている。
ーでも、さすが本物のお姫様よね。持ってるものが違うわ…。
ブランシュの持つお人形は、ドールハウスの話をした時にテレサが自分のドールハウスとは別にブランシュ用に職人さん達に作ってもらった物なのだ。
ドール職人によるオーダメイドで、ドレスも本物のドレスメゾン製。椅子やソファやおままごとのお茶セットも王室御用達の指物職人に作ってもらっている。
しかも、恐ろしい事にブランシュの後ろのお人形用のクローゼットにはドレスや帽子がいっぱい詰まっているのだ。
どうも見ているとブランシュ本人と言うより、お付きの女官達の方が夢中になりドレスも小物も増えていっているような気がする。
女官達も女の子である。女の子はいくつになっても女の子だ。かわいいものは大好きなのだ。
ーでも、総額おいくらくらいなのかしら…。
ついつい下世話な事を考えてしまうが、考えても想像がつかず『お高い』としか浮かんでこない。
薫の時は、ぽぽちゃんとメルちゃんでどっちが良いかと二人で悩んでいたら母があっさり両方買ってくれてひどく驚いた。
陽子さんが子供の頃、母はお人形は高いから1つだけと言ってそれ以上買ってくれず、家族もボーイフレンドもいたのに私のリカちゃんはずっと独り身だったのよね…なんて事を思った記憶がある。
やはり、母の立場とばぁばの立場は違うのだろう。陽子さんは薫にかこつけて、シルバニアファミリーの赤いおうちを買ってもらったのは誰にも言ってない。
でも、ブランシュの楽しそうな顔を見ると母が薫に激甘でいろいろ買ってくれた気持ちはわかるような気がする。
チラと左手を見ると、カールが背丈程もある積み木の城を黙々と作っていた。
この世界に『積み木』というおもちゃはないとマリアに聞いた。なので、以前コーエンに頼みカールとブランシュが二人で遊べるように基本的な四角や三角の積み木を作ってもらい贈ったのだ。
コーエンの積み木は素朴だが丁寧にやすりがかけられ角が丸くて幼い子供の手に馴染みやすいものだった。
ブランシュはあまり積み木に興味が無かったようだが、カールは積み木にはまりアルヘルムにねだって追加の積み木を作ってもらっていた。
王宮の営繕課の作った積み木は尖塔や城門や窓が作れるようなパーツもあり、色もつけてあるのでカールは積み木でお城を作るというマイブームにはまっていると、カール付きの女官が笑いながら耳打ちしてくれた。
「アリシアさまぁ」
ブランシュは舌っ足らずなかわいい声でアデライーデに話しかけてきた。どうもクマさんを招いたお茶会は無事に終わったようだ。
「あのね、あのね」
「んー、なぁに?」
アデライーデの袖を引いて可愛らしい顔を近づけてきて、思わず陽子さんの顔がにやけた。
「ブランシュも、おまねきしてほしいの」
「そうね。お招きされたからお返しね。今からお招きしますね」
陽子さんはクマさんを誘うように、ブランシュのお人形に近づけたがブランシュは違う違うと首を振る。
「ブランシュも、おちゃかいできたからアリシアさまにおまねきしてほしいの」
「?」
ブランシュの話が見えなくて振り返ると、ブランシュ付きの女官が困ったような顔をして「この前のおやつの時間に、カール様がブランシュ様に、アデライーデ様とご一緒に晩餐を共にしたとブランシュ様にお話されてしまったのですわ」と、小声で教えてくれた。
ブランシュも大きくなったからと、おやつのプリンが少し豪華になってプチプリンアラモードになった時にカールがアデライーデに招かれた晩餐でもっと豪華なものを食べたとブランシュに話したのだ。
自分以外の家族が晩餐に招かれたと知って、当然ブランシュは大泣きした。
貴族の子供が大人と同じ晩餐を一緒にとれるのはだいたい7歳くらいからだ。去年5歳でアデライーデの晩餐に招かれたカールは、アデライーデのメニューの工夫があってこそ初回の晩餐を成功させた。
いくらなんでもまだスプーンがやっとの今年3歳のブランシュが晩餐の席に着くにはハードルが高すぎる。
お付きの女官はその時に「ブランシュ様もアデライーデ様とお茶が飲めるようになる頃には晩餐に招かれますとも」と言って泣くブランシュを宥めたのだ。
でも薄いお茶が飲めるようになるのは4、5歳から。今はミルクか果実水をおやつに飲んでいて頼んでもお茶は出てこない。だからブランシュは考えた。
おままごとのお茶会をすれば、きっとアデライーデは自分を晩餐に招いてくれるはずだと!
「アリシアさま、おねがいですぅ」
「はぅ…」
3歳児のナチュラルあざとかわいいの威力は、半端ない。天然物の威力に勝てず、養殖物は招待を約束してしまった。
それでも晩餐ではなく、午餐と交渉したアデライーデをマリアは後ろで生暖かく見守っていた。
営繕課が作った積み木のイメージ
https://shop.neu-icarus.com/items/40351837
19世紀ドイツの教育者フレーベルと積み木
https://www.meijimura.com/meiji-note/post/onubutsu/
シルバニアファミリー公式サイト
https://www.sylvanianfamilies.com/ja-jp/




