426 ヒゲとゲオルグ
「豪快な料理だな。野営の時に現地調達させた魚で料理させても良さげだ」
フィリップと入れ替わるように離宮にやってきたアルヘルムは、ちゃんちゃん焼きに舌鼓を打っていた。
陽子さんは数人で食べやすいようにフライパンで切り身を使ってちゃんちゃん焼きを作ったが、アルトは宮廷の夜会の料理卓に出してもその赤い身が映えるように1本丸々豪快に使って料理した。
周りに添えてある野菜の飾り付けも丁寧で、とても同じ料理とは思えない。
料理は目からも食べる。見た目も美しく作れるアルトはやっぱり王宮料理人である。
「王宮でもサーモン料理の評判は良かったですか?」
「もちろんだとも。ノアーデンから遣わされた料理人達が腕を振るってくれたよ」
ナプキンで口を拭ってから白ワインを口にした。
「ところで、ゲオルグがズューデンから帰ってきてね。貴女と話がしたいと言っているんだ」
「ゲオルグ様が?」
「あぁ、しばらくするとノアーデンへ赴くからね。できれば近日中に王宮に来てほしいんだ。いろいろお土産があるんだよ」
「お土産? どのような?」
「まだ、内緒だよ」
いたずらっ子ぽい笑顔がフィリップの笑顔に重なる。いや、フィリップがアルヘルムに似てきたんだろう。笑顔が親に似るのは、それだけ親子の触れ合いがあるとどこかで聞いた。
ゲオルグはカトリーヌがバルクに来る寸前にズューデン国と正式な国交を結ぶ為、アルヘルムの名代として赴いている。
国交を結びズューデン国とより親交を深める為、ゲオルグは少し長めに滞在してズューデンで社交をしてきた。いわゆる王室外交だ。
1000人の外交官や大使より、1人の王族が相手国を訪れ交わす社交の力は大きい。
まして危険な海を渡って王弟が遣わされたともなれば、相手国にとってもバルクがいかにこの国交樹立に力を入れているかを国民に知らしめる良き機会でもある。
そしてゲオルグがズューデンで社交を重ねる間、次なる新たなる商材ーこちらの大陸にはない物ーを探させる時間もたっぷりととれた。
数日して王宮に向かったアデライーデは、ナッサウに迎えられいつもとは違う応接間に案内された。そして応接間の扉を開けられた瞬間、アデライーデは「まぁ」と口を大きくあけた。
中から異国情緒漂うお香の薫りが漂う。
部屋の中央には赤い細やかな柄のペルシャ絨毯のような敷物と紫色のクッションの大きなもこもことした1人掛けの足のないソファに胡座をかいたアルヘルムと、同じようなソファに座り金糸の刺繍が施された白っぽい中東風の衣装を着て、白い布を頭に被った立派なヒゲを蓄えた男性がいた。
この部屋にはあちこちにズューデンの布や調度品が飾られ、さながらズューデンの王宮の一室を移したようだった。
「待っていたよ。さぁ、こちらにおいで」と、アルヘルムがアデライーデに手招きする。
ーえ…ズューデン国の方?
今日誰かを紹介するとは聞かされていない。
ーねぇ、マリア。何か聞いてる?
そうマリアに目で問いかけるが、マリアも首をぶんぶん振って聞いてないと返した。
ナッサウにアルヘルムの隣に案内されたアデライーデが戸惑っているとアルヘルムがその男性を紹介した。
「こちらはズューデン国から来られた方だよ」
アルヘルムの紹介にその男性は黙って深々と頭を下げる。
「はじめまして。アデライーデと申します」と挨拶をすると、その男性とアルヘルムがくっくと笑いだした。
「義姉上、わかりませんか?」
「え? ……ゲオルグ様?!」
アデライーデを義姉と呼ぶのはただ一人。目元をよく見ると、すっかり日に焼けたゲオルグだった。
「ず…ずいぶんお変わりになったのですね。その…おヒゲとか…」
ぱっと見てゲオルグとわかれという方が無理だろう。前に会った時のゲオルグ様の顔には、こんな立派な顎ヒゲと口ヒゲは無かったのだから。
アデライーデの返事にゲオルグは笑いながら、ぺりぺりと口ヒゲと顎ヒゲをとる。
ーつけ髭?!
アデライーデが口をあんぐりと開けて驚いているとナッサウがゲオルグの隣に進み出た。
「お二人とも、おふざけが過ぎます。ゲオルグ様が帰国してからタクシス様をはじめとしてテレサ様、お子様方にアデライーデ様まで…」
ナッサウが呆れ返った声音で銀のトレイを差し出すと、ゲオルグは笑いながらトレイにつけ髭を置いた。
「ナッサウ以外は誰もわからなかったからね。他に誰かわかるかなと思って」
「あぁ、私も最初騙された。ナッサウはどうしてわかったんだ」
「執事の嗜みでございます」
ナッサウは、表情を変えずにつんと応えるとお茶の準備の為にトレイを持って下がっていった。
「絶対教えてくれないんですよ」
そう言ってゲオルグは笑う。
なんでもタクシスは、アルヘルムにこちらの言葉がわからないズューデン国大使だと紹介され暫く熱心にゲオルグをもてなそうとしたらしい。種明かしをされて顔を真っ赤にして激怒したとアルヘルムが笑っていた。
ー真面目そうだと思っていたけど、こういういたずら好きなところは兄弟なのね。
意外な兄弟の共通点を見つけて陽子さんは苦笑いをした。
ズューデン国の男性は成人するとヒゲを蓄えるのが習慣のようでヒゲの薄い人やおしゃれ用にズューデンの街にはあちこちにつけ髭屋があってゲオルグが面白がって買ってきたという。
ナッサウが入れたズューデン国風のミント多めで渋みが強く激甘なお茶を飲みながら、しばしアデライーデはズューデンの話を聞いてた。
ゲオルグはズューデンで手に入れた織物や貝殻やタイルなどの土産物を取り出してアデライーデに手渡しながらそれらの説明を始めた。話を聞くにズューデンは、現代の中東とインドが混じったような国のようだ。
「こちらは、ズューデンで染料や香辛料、薬としてもよく使われているものです」
そう言ってゲオルグは銀の小壺の蓋をぽんと開けアデライーデに手渡した。
ー! こ…これは!!
手渡された小壺には、土のような独特の匂いがする黄色い粉が詰まっていた。
「ターメリックという名前だそうです」
ーカレーが作れる!!




