421 大人の誘いとアプフェルヴァイン
「な、今年も夏祭りやるんだろ」
カイが体をひねって後ろの席のフィルに小声で話しかける。
「あ、うん。今日リトルスクールが終わったらみんなで離宮においでって、言われてる」
「やったぜー!」
「カイったら、声が大きいわよ!」
カイの隣に座っていたヒルダに叱られるが、ヒルダの声もなかなかに大きな声で、小さい子達の視線が二人に集まった。
「そこの二人、静かに。騒ぐなら出ていってもらいますよ」
「はーい」「…はぁい」
ダボアの注意を受けカイは元気よく返事をしたが、とばっちりを受けたヒルダは不満そうに返事をして、カイを小突いた。
「暴力女!」
「デカ声男!」
「「ふん!」」
小声で罵りあってはいたが、これ以上騒ぐと本当にダボアにつまみ出されるのを知っている二人は黙って石板にがりがりとお題の書き取りを始めた。
フィリップは一瞬呆気にとられたが、貴族学院では見ない光景を楽しそうに後ろから眺めていた。
書き取りの授業が終わった休み時間に再び喧嘩を始めた二人だが、夏祭りに向かう頃にはすっかり忘れたようにいつもの様子になっていた。
「フィルさ…」
夏祭り会場の孤児院へむかう道すがら、カイはフィルの肩に腕を回しこっそり話しかける。
「今日の夜『空いている』か? おばちゃんとこ行こーぜ」
「え? 空いてるって? 夕飯を一緒に食べるってこと?」
カイは、村の男同士がよく言っている誘い文句を言ってみたが、言われたフィルは誘い文句の意味がわからずきょとんとしていた。
「ちげーよ!『飲み』に行かないか?って誘ってんの。食堂は夜になると『酒場』になるんだぜ」
「え?? でも…」
「あー、もしかしてフィルはさ、まだアプフェルヴァインは飲んだことないのか?」
「いや! 飲んだことはあるよ! 当然じゃないか」
カイに、まさかな?という顔をされフィルはちょっとむっとした顔をしたが、まだアプフェルヴァインを割って飲んでいるとは言えなかった。
「だったら大丈夫だよ。心配すんなって、奢ってやるからさ。俺、炭酸水の出荷の手伝いをして懐はあったかいんだ。あ、ヒルダ達には内緒だぞ! あいつら、うるさいからな」
カイは炭酸水の工房の大人達の会話を聞いていて、いつか言いたいと思っていたセリフを言えて満足そうに笑った。
「でも、行けるかどうか約束は…」
「あ、レナードおじさんか? あの人規則とか決まりとか、そういうとこ厳しそうだよな。寝る時間は決まってるとか言われる? おじさん、うちのかーちゃんより厳しそうだもんな」
いかにもレナードが言いそうな事をカイが言って、フィリップは吹き出してしまった。
「いつも通りにベッドに入って寝たふりしなよ。で、うまく抜け出せたら酒場に来いよ。俺、酒場にいるからさ」
「あ、うん」
カイの中でフィルがレナードの目を盗んで離宮を抜け出すのは当然の事のように言ってのけるので、フィリップはつられて頷いてしまった。
「ねぇ。なにこそこそ話してるのよ!」
カイがフィルに腕を回して話しているのを目ざとく見つけたヒルダが寄ってくると、カイはぱっとフィルから腕を離して「なんでもねーよ」と目をそらした。
いつもよりかなり短いですが、区切りがいいのと急な気温の変化でどうも風邪をひいたようで…。
感想のお返事が遅れてますが、体調が整い次第お返事しますのでお楽しみにー!




