419 二度目の夏休みと豆のシチュー
はやる気持ちと、忘れられていたらどうしようかと少し心配な気持ちを混じらせて、フィリップは村のリトルスクールに向かっていた。
「おー! ひっさしぶり! 元気だったかー?」
「フィルよ! 久しぶりね!」
リトルスクールの扉をあけた『フィル』を目ざとく見つけた子供達の何人かが駆け寄ってくる。
「約束通り来たな!」
「うん! 今年は少し早く来れたんだ」
「なんか背が伸びたんじゃない? 去年は私と同じくらいだったのに」
フィルを囲んでわいわいはしゃぐ子供達にトーマン・ダボアは、ぱんぱんと手を打って授業の始まりを告げた。
「再会を喜ぶのはそこまでだよ。あとは休み時間にじっくりしなさい。さぁ、席に着くように。授業を始めるよ」
ダボアの声かけで男の子達はいつもの席に座るが、フィルは顔見知りの女の子達にがっちり腕をとられ、座らされた席の周りを女の子達が固める。
「わかんないところがあったら聞いてね」
「教科書見せてあげるわ」
まめまめしいところは去年と変わらない。
読み書きそろばんと簡単な歴史の授業の間の休み時間には息継ぎもできないくらいいろんな事を喋り、授業が終わると、転がるように走ってみんなと村の食堂に向かった。
食堂のおばさんは「あら、久しぶりねぇ」とフィルに声をかけ、「たくさん食べていきなさい」と目配せをしてトレイを渡してくれた。
「あのさ、去年いた子が何人かいないんだけど、今日は休んでるの? ほら、すごくそろばんの上手かった女の子とか一番年上だったフーゴとかルッツとか」
フィリップは女の子達のおすすめがてんこ盛りになったトレイをテーブルに置くと、隣に座ったカイに聞いてみた。
授業を受けている時に気がついたのだが、知らない小さな子が増え、去年いた大きな子が数人居なくなっていた。
「あぁ。フリーダな。フリーダはメーアブルグの役所に働きに出てる。去年の秋からだったかな」
「え? だってまだ…」
フィリップが覚えているフリーダは小柄で自分と同じくらいに見えていた。
「フリーダはもう13だったもの。いつ働きに出てもおかしくない年よ。それに女の子でリトルスクールからいきなり役所勤めだなんて大出世なんだから!」
勝ち気なヒルダがフリーダの自慢をすると、カイも負けじとソーセージを頬張りながらフーゴ達の話を始めた。
「去年からすごく『景気』がいいからなー。 フーゴは運送屋に勤め始めて炭酸水を運んでるし、ルッツはメーアブルグの商会でなんかやってる。俺も秋からマニーさんとこで鍛冶屋の修行するんだ。いつか母ちゃんにピーラー作ってやるって約束してる」
「そ…そうなんだ」
カイは村の大人達がよく口にする『景気』という言葉を使ってフィルに大人ぶってみせた。
「あ、あたしはメーアブルグで売り子をやりたいの。ロッテみたいにお裁縫とか細かいのは苦手だからお針子とかムリだもん。でもきれいな物とかかわいい物は好きだから、いつか小物屋台とかやってみたいわ」
「じゃ、私が刺繍したハンカチとかバッグとか作るから卸してあげるわよ」
「ほんとー? 約束よー」
ヒルダがロッテところころと笑いながら、将来の夢を語りあい楽しげな約束を交わしている。
「なぁなぁ、フィルってさー」
カイがマッシュポテトを豆のシチューの残りに入れてかき混ぜながら、フィリップをちらっと見る。
「お貴族様だよな?」
マッシュポテトがついたスプーンでフィルを指して、カイが小声で問いかけた。
ぱっかーん!
カイが言葉を発すると同時に、ヒルダとロッテが拳骨でカイを殴る。どうやらブレンダの『無礼な男には鉄拳制裁』の教育はヒルダ達に受け継がれているようだ。
「いってぇーなぁー!」
「あんたね!! 無粋って言葉知ってる?? 本人が言わない限り聞かないのが『大人』なのよ? ほんっとに子供なんだから!」
小声でヒルダとロッテがカイに詰め寄る。幸い食堂の中はたくさんの人がいて、わいわいがやがやと賑わっていて隅で食べている子供達のじゃれ合いに気づく者はいなかった。
でもまぁ、ここに陽子さんがいれば「あなた達も十分子供よ?」と言いそうだが…
「だって、宿に泊まってる風でもなく、字だって食べ方だってきれいだし、俺らが普通に知ってる遊びも知らないし。アデライーデ様はフィルの事知ってるけど、母ちゃん達は知らないって言うし…お前らだってフィルは離宮の人達の親戚かなんかのお貴族様だって言ってたじゃんか」
「………」
カイはどこぞの名探偵ばりの洞察力を小声で披露する。が、当たらずとも遠からじなのだが、ちょっと違う。
王族の姿絵は役所や商店、食堂に飾られていることが多く、殆どの国民はそれを見て王族の顔を知っている。だがそれは、成人した王族のみである。
現代と違い乳幼児の死亡率が高いこの世界では、王族とはいえ子供の姿絵を公開するのは成人した時か婚約、結婚した時くらいなものである。
ただ、王子王女の名前だけは折に触れ国民は耳にする。
「あ…僕は…」
フィルが小声で呟くと、カイ達は身を乗り出してフィルの次の言葉を待った。




