416 伯母と甥っ子
「心持ち…ですか」
「ええ、心持ちよ。心がけでもいいわ」
「もちろん、二人を平等に扱うようにしています」
「一人は未来の王族を三人産んで社交をこなし、一人は国の発展の礎を生み続けているけど、具体的にはどのように平等に?」
イザベラが口の端をあげグラスに口を付けながら、にっこりと笑う。
伯母がこのような顔をして笑う時は、自分がなにか『やらかした』時だ。今は事情聴取をされている時間なのだとアルヘルムは経験則で知っている。最後にこうやって取り調べられたのは……。
ーごくり
だがしかし、今回は思い当たる節が全くない。
以前のイザベラの助言を心がけ、テレサともアデライーデとも上手くやっていると思っている。それに二人の仲も良い。事件と言えばフィリップとアデライーデの出会いだったがあれはあれで収まった。その事はさっきも話したし、ブルーノを通して伯母も知っているはずだ。
今はフィリップもアデライーデに懐き、家庭内は平和である。
「贈り物は、趣きが少し違いますが同じ時期に贈り片方に偏らないようにしています。またアデライーデは余り公務に出ませんが、その場合も片方に偏らないよう事前に決められたプロトコールに沿って乾杯やダンスの順番は守っています。そして以前ご助言頂いたように、テレサにもアデライーデにも感謝の気持ちやその時に心に浮かんだ事は、できるだけ言葉や態度で示すように心がけています」
アルヘルムはいかに自分が二人を大切にしているかを言葉を尽くして伯母に説明する。伯母はワインを口にし、微笑みをたたえたまま元社交界の重鎮だった貴婦人の顔を崩さなかった。
ーあら、以前の進言は思っている以上に役立っているようね。でも、今はその時より一段細やかな心配りが必要な状況なっているのは…実感はしてない…ご様子ね。まぁ、それだけお二人が互いに配慮していらっしゃるからだろうけど。
「それは重畳」
イザベラはこくりと頷いてグラスを置いた。
イザベラ自身はアデライーデとは結婚式時にしか顔をあわせていない。既に自分は引退した身、現役の宰相である息子や王妃であるテレサと共にバルク社交界を率いている嫁がいる以上、政治や社交に関わる気はなかった。
いつまでも先代の遺物が残っていては次代がやりづらいからだ。
ただ、息子夫婦に相談された時は耳を傾け、経験者として助言はしていた。前回口を出したのは政治向きではなく、アルヘルムの伯母としてだ。
テレサが腹の中で子をなくしていた事を知る者は少ない。周りに秘されていた為にカールが産まれるまでの間、「王家の為に第二妃を」との声が大きくなっていた時期がある。
時悪く、子を亡くした直後だった。
その時に、テレサの目に力が無くなっているとイザベラはメラニアからの相談を受けた。繊細な出来事なだけになんと声をかけて良いか悩んだメラニアはイザベラに助けを求めたのだ。
だから、イザベラはアルヘルムに伯母として進言をした。
「大丈夫だの一言で、共に王道を歩めると思っているのか」と。
臣下は臣下の立場でものを言っている。彼らにも相応の言い分があるから、それは言わせておけばいい。問題なのはアルヘルムの態度なのだとイザベラはアルヘルムを叱った。
男とは不思議な生き物で、仕事と名が付けば国内の貴族や国外の要人に対して気を使えるのに、内向きに関しては何故かそれが無くなる。
愛は無限に湧く泉ではない。確かに愛されているという確証が自信となり辛い立場となっても顔を上げて歩を進められるのだ。
確証とは言葉であり態度であり、共に過ごす時間であったり手で触れられる贈り物でありもする。
周りに誇示しやすいものは贈り物だが、その贈り物も愛あればこそ菓子一つ花一輪でも価値あるものとなり、愛のない贈り物はどんな高価な物も『気にかけている素振り』という免罪符にしか見えない。
国に仕える同志としての王と王妃だけでなく、その仲に愛を見つけたのであれば、尚のこと互いを大切に丁寧に扱うべきである。
人の心は脆い。
愛があるからこそ強くなれるが、その愛が大切にされていないと感じた瞬間に愛は脆くも砕け散る。相手を想い、大事な時に言葉を紡ぎ態度で示さなくてどうするのだ。
「ただ一度の言葉だけ態度だけで済まそうとするのはテレサ様に対する甘えであり、怠慢なのですよ。愛には手入れが必要なの。大事にしているという剣も手入れをしなければ錆びつくようにね」
何故だろう、アルヘルムの母である妹も同じようなことを諭してきたはずだ。
だが往々にして男というものは、内の者の言葉より外の人間から言われる言葉が響くことが多いようだ。アルヘルムもテレサの変化に気がついていたらしく、イザベラの言葉を神妙に聞いていた。
アルヘルムはイザベラの進言を聞き手探りながらもテレサと二人でそれを乗り越えたようだ。
前回はアルヘルムも感じ取れる変化がテレサにあった。だが今度は『まだ』なにもないのだ。
表面上は穏やかに何事もなくうまくいっている。王としては有能で、妃が一人だけであればテレサとうまくやれただろう。
思いがけず帝国から皇女様を迎えたが、イザベラは王妃としての覚悟を決めていたテレサ様を信じていたし、結婚式の時の初回の挨拶では正妃様に年には不似合いな場馴れ感は感じていたが、腹黒さの匂いはしなかった。
自分の勘が鈍ってなければ、テレサならあの正妃様との難しい立場を上手く保てそうだと感じていた。
ーブルーノが感じている不安を、細やかな機微に疎いこの朴念仁にどう伝えるか…。本人は本人なりに上手くやろうとしてるようだし。
全く酔えないワインをイザベラは口にした。




