407 お知らせと船
「へ? 内定を貰った?」
先触れのすぐ後に着くような速さでやって来たアルヘルムから聞かされたフィリップの慶事に、まるで就職試験の結果を聞いたような感想がアデライーデから漏れた。
アルヘルムが言うには、来年婚約の公表となりフィリップが立太子後、時期を見てリネア姫を迎える事になるらしい。
ー確かにこの前、そろそろ婚約者を選定しなきゃって言っていたけど……。早いわねぇ。来年12歳で将来の結婚相手が、決まるのね。
「そうなのですね。おめでとうございます」と、婚約内定の祝いの言葉をアデライーデが告げた後、「秋の豊穣祭にノアーデン王太子御一行をバルクに招こうと思っているんだ」との言葉を残し、いつもは泊まっていくか晩餐まで共にするアルヘルムが、珍しくお茶だけで急いで王宮へと帰っていった。
ー確か昔もお見合いから結婚まで半年から一年くらいだったわね。庶民でもそのくらいかかるから、王族となると色々あるだろうから大変ね。
お祝い事が決まったからには準備で忙しいのだろうと思っていたら、レナードがフィリップの訪問を告げに来た。
立て続けの訪問である。
フィリップを涼しい風の吹く北側の庭園に通してもらい、お茶の準備をお願いしてフィリップの元に向かうと、なんだかそわそわしているフィリップがいた。
「お待たせしましたわ。フィリップ様」
いつもならそう言うと、すぐに挨拶をして楽しそうにおしゃべりを始めるフィリップが、言葉少なに挨拶をして急に背筋を伸ばした。
「あ、あの。先日私の婚約が整いました!」
「まぁ、本当に? おめでとうございます」
先程アルヘルムからその話は聞いたが、陽子さんは初めて聞くふりをした。せっかく本人が自分の口から言い出したのだ。
ちらりとレナードとマリア達に目線をやると、みんな微笑ましそうにフィリップを見ていた。もちろんフィリップの乗馬の教官のギュンターもだ。
どのようなお相手なのか、二人でどのように過ごしたのかを聞くと、フィリップと初めて出会った時の印象や王宮の庭園でリネアがカエルを掴んだ事、ライエン領での馬選びの事を詳しく話しだした。
エマ達はリネアの容貌や庭園での散策の話に目を輝かせて聞き入り、カエルと訓練の話にレナードとギュンターの目が少し神妙になったが、陽子さんはフィリップの話す事をうんうんとお茶を飲みながら聞いていた。
それまで楽しそうにリネアの事を話していたフィリップが、最後に船の話になったらちょっと暗い顔をして黙ってしまった。
「どうされました?」
「リネア姫は、私より馬の事も詳しくて手綱さばきも上手かったです。それに私がしたことのない船での訓練もされているようで、次にお会いする時に追いつけるかなと…。背もリネア姫の方が高かったですし」
「リネア様はひとつお年が上なので、フィリップ様より経験が多いのは仕方がないことですわ。背もすぐに追いつきますよ」
そう。大人の1つはさほど変わらないが、この年頃の1つの経験差は大きい。そしてこの年頃の女の子の方が心身ともに早熟な事が多い。
「でも……」
そう、フィリップはちょっぴりリネアに引け目を持っていた。
自分もそれなりに馬の事や馬術には自信を持っていたが、リネアの乗馬姿を見るとその自信が揺らいだ。リネアは騎乗しているというより、馬と同化しているように見えたのだ。
その上、自分がしたことの無い訓練を知って体験している事に少し引け目を感じていた。今回は馬術だけでリネアの剣術は見たことがないが、剣ダコができるくらいなら相当な訓練をしているはずだ。
婚約者となるからには、自分が相手の手を取りたい。そこには男の子としてのプライドがあった。
「フィリップ様、秋にはノアーデンより警備艇を数隻購入されます。それから訓練されてもよろしいのではないでしょうか。それまでに陛下に許可を貰い船に乗ってみる事から始めましょう」
フィリップの剣術の教官であるギュンターが口添えをした。
「うん。リネア姫もそう言ってた。まずは船に乗り慣れてからって…。リネア姫も小さい頃から少しずつ乗って慣らしたと言ってました」
「揺れますものね。慣れないと船酔いとかあると聞きますし」
「はい…。慣れないと気持ち悪くなるって聞きました」
今、バルク国が持っているのは小型の警備艇が2艘あるだけで、後は商人が持っているペルレ島への中型荷運び船が数隻と漁師が持つ魚採りの小型船だけだ。
乗せてもらうことはできてもフィリップが望むような訓練ができる船は、今のバルクに無い。
ーまぁねぇ。船は危険だから気軽には勧められないけど、フィリップ様の気持ちもわかるわ。婚約者に追いつきたいだろうし、見栄も張りたいわよね…。流石に船はすぐに用意できないけど、なにか代わりになるものってできないかしら。
陽子さんは前世の自分の経験を引っ張り出してみる。
船みたいに揺れる…揺れる…
あ!
「船の上のような訓練…できるかも」
「「え?」」
アデライーデの呟きに、皆が驚いてアデライーデを見た。
「でも、船みたいな揺れはできないと思います。あくまでも似たようなものですが、準備が必要ですし、試してみてやっぱりだめかもって、なるかもしれないですが、それでもいいですか」
「はい!」
思いがけないアデライーデの言葉に、フィリップが目を輝かせた。




