401 社交とお見合い
ーフィリップ様の婚約者を選ぶ…かぁ。
陽子さんは王宮からの帰りの馬車で、流れる景色を見ながら、先程までの茶会の話題を反芻していた。
同性ならご学友、異性なら結婚相手にと、王子王女のどちらが生まれてもいいように周りの貴族達が子作りに励み生まれる前から備えているという環境は、時代劇か歴史小説の中でしか知らない。
学生時代の友人の中に一人だけ、代々続く家業を継ぐために特定の職の人と結婚するんだと言っていた子がいた。高校生だった自分も憧れの先輩や同級生にキャーキャー言っていた友人達も、なんと言っていいかわからず「そうなんだ」と答えた。
その時だけ、一瞬高校生の顔じゃなかった友人の表情を今も覚えている。
地元を出てしまってから付き合いもなくなって、彼女のその後は知らないが、ご実家が健在なのは知っている。彼女にこの話をしたら何というかなと、思いながら外の景色を眺めていた。
「アデライーデ様?」
「ん? なぁに?」
「いえ、ずっと景色をお眺めだったので…」
「あぁ、フィリップ様のお相手は、どのような方になるのかなって思っていたの」
「そうでございますね。国内のご令嬢か帝国以外の国の王女様になるかと思います」
「帝国以外の王女様?」
「はい、慣例として同じ家や国との婚姻は三代あけるのがよしとされています。余程強い繋がりを持ちたい場合は続けてという事もございますが、血の濃さや継承権の問題で避けられています。フィリップ様とアデライーデ様は義理の親子になりますが、帝国もバルクも続けてのご婚姻は望まれないと思います」
ーお家乗っ取りとか、そういうのね。適度な距離って大事よね、何事も。
ふんふんとマリアの話に相槌を打っていると、マリアは言葉を続けた。
「どなたになるかわかりませんが、フィリップ様がご婚約されると、それはそれでまたバルクが華やぎますわ」
「そうなの?」
「ええ! フィリップ様とその婚約者様を題材にした流行本やお芝居が盛んになります! フリードリヒ様とエリザベート様のご婚約の時は幼い頃にお決まりでしたので、幼い婚約者同士が主人公の小説が帝国で流行りましたの! わくわくして読んだものですわ。何度かですが、お友達とお芝居にも行きましたわ」
お芝居では主人公に美少年と美少女が配役され、とても人気を博したという。
だったら、アデライーデが国王夫妻のところに嫁いできた時はどうだったのかと想像したが、ちょっとドロドロの昼ドラのストーリーしか思い浮かばす、陽子さんはマリアに聞けなかった。
マリアの思い出話を聞いているうちに、馬車は離宮の玄関前に静かに止まった。
「フィリップ。五日後にノアーデン国の王太子夫妻を招いての茶会がある。その時にお前も参加しなさい」
アルヘルムとテレサ、フィリップの晩餐の席でアルヘルムはフィリップにそう告げた。
「はい、北のノアーデン国との茶会ですか? 造船が盛んな?」
「うむ。今度我が国が海の軍備にも力を入れるようになったのは話したな?」
「はい。交易に備え交易船を護るために、新たに警備艇を配備すると聞きました」
フォルトゥナガルテンに外国の招待客を招き出してから、フィリップはいずれ王となる為に外国の要人との茶会に短時間だが必ず参加するようになっていた。
以前はアルヘルム達の社交が終わった後の紹介と挨拶だけの簡単なものだけだったが、最近は客人が連れてきた『小さなお客様』とも短い会話をするようになった。
彼らは主にその国の高位貴族や王族なので、話題として相手国の事も知っておかねばならない。フィリップは当日までノアーデン国の事をゲルツ先生に確認しなければとアルヘルムに確かめた。
ーノアーデンからのお客様が子息や王子だったらいいな。そしたら船の話ができるんだけど。
短い話をすると言っても、もちろん子供達だけで話すことはない。お付きの大人ががっちり後ろを固めている。話題に詰まればさりげなくフォローをしてくれるが、女の子相手だと話題が限られる。
無難な話題はアデライーデの作ったお菓子やコーラの話になりがちだ。花や流行の芝居の話もできなくはないが楽しくない。それより馬や剣術の話ができる男同士の方が楽しかった。
やっぱりアルヘルムとフィリップは、親子である。
「父上、ノアーデンからのお客様は王太子ご夫妻だけですか?」
「いや、夫妻とご息女だな。確かお前と同い年だったかな」
「一つ上だったかと」
テレサがにこにこと笑いながら、すかさず訂正する。
「……そうですか」
ここ何回かの茶会のお客様は、みな王女や令嬢ばかりでフィリップは小さくため息をついた。
知らないうちにお見合いをセッティングされているフィリップです。




