395 話術と2頭の馬
「……マリア。フォルトゥナガルテンに向かってくれないかしら」
「え?! なぜでございますか?」
アデライーデは、エリザベート達との茶会ののちフォルトゥナガルテンへのお見送りを済ませ、マリアと離宮に向かう馬車に揺られている。
女達だけの茶会は、表向き何事もなく和やかに終わった。
正確には、しきりとアデライーデに異腹姉としての話を振ろうとするカトリーヌをテレサとメラニアが、その巧みな話術のコンビネーションで封じ込めたからだ。
まず、カトリーヌにアデライーデを名前で呼ばせないようにテレサとメラニアはアデライーデには「正妃様」、エリザベートには「エリザベート殿下」カトリーヌには「クレーヴェ公爵夫人」と話しかける事を徹底した。
アデライーデは事前に絶対にエリザベート殿下も含めテレサ達に自分を名前で呼べと言わないように言い含められている。
爵位が上の者同士が名前で呼び合わない限り、爵位が下の者はそれに倣う。メラニアは侯爵夫人だが宰相夫人なので、筆頭侯爵夫人となりバルクでは公爵夫人に準じる地位にある。
エリザベートもなにか感じるものがあったのか、アデライーデの事は正妃様呼びを続けた。
現在帝国で皇后の次に身分の高いエリザベートがアデライーデを正妃様と呼ぶ。そうなっては、血が繋がっているとはいえ他国の公爵夫人に過ぎないカトリーヌはそれに従うしかない。
今まで最上位の身分で下位の者にそれを当たり前に求めてきたカトリーヌは、エリザベートやテレサとアデライーデの会話の流れをブチ切ってまで「姉妹なのだからお姉様とお呼び」とは言えなかった。
カトリーヌから話題が振られれば、テレサとメラニアはそれを元にカトリーヌが疎外感を感じない程度に話題を転がしてからエリザベートやお互いにパスしていた。
たまに会話が止まった時には控えていたナッサウやレナードが絶妙なタイミングで、アデライーデの作った様々な菓子を勧めてきて話題を変える。
琥珀糖にミルク寒天、最後はクレープシュゼットとカトリーヌは、ついぞ最後まで茶会の話題の主導権をとることはなかった。
表面上は和やかに。
しかし水面下は話術を駆使した攻防戦にアデライーデは、当たり障りない返答と尋ねられた菓子の説明しか口を挟めなかった。
日も落ち、茶会は終わりを告げバルク側はタクシス宰相夫妻を案内役にフリードリヒ達をフォルトゥナガルテンへと送り出し懸念の茶会もそこで終わりとなったのだ。
疲れただろうから王宮に泊まっていくといいと部屋を勧められたが、アデライーデは丁重に断って離宮に向かった。
ーさすが社交慣れしているテレサ様とメラニア様よね。私じゃ、ああはいかないわ。
今日一日を振り返って陽子さんは思う。
でも、一抹の不安が胸に残る。
茶会の最中のカトリーヌは笑顔を浮かべていたが、その笑顔の下に焦りが見えた。陽子さんから見てそれが何故だが心に引っかかる。
途中からカトリーヌは、やたらとフォルトゥナガルテンとズューデン国の話をふっていた。
最後の挨拶の時に「もっとお話がしたかったですわ」と言っていたカトリーヌの目は、単にマウントを取れなかった目ではなく、言いつけられたお使いができなかった子供のような悔しそうな目をしていた。
「フォルトゥナガルテンにはメラニア様達が見届け役としてお見送りまでされるのよね」
「はい、そう聞いております」
「ね、マリア。仕えたことのあるマリアから見て今日のカトリーヌ様はどうだった? 私は一度だけしか会ってないんだけど、以前のようなお高くとま…、こほんこほん、自信に満ちた感じではないと思ったんだけど…」
「……。以前とは少し印象が違うような感じがしました。でも、それはお立場が変わられたからなのだと思いました」
「カトリーヌ様の侍女の中にお友達がいたって言ってたけど、その人からなにか気になるような話はなかった?」
マリアは、カトリーヌの侍女の身支度の合間の少しの時間にローズと再会を果たし、お互い限られた話を話せるだけ話していた。
「カトリーヌ様にダランベール様がとても期待をされカトリーヌ様もそれに応えようとしていると聞きました」
「期待って?」
「アデライーデ様と姉妹としての親交を深め、それを元にバルクとの縁を深めようとしてると聞きました」
「やっぱりね……」
だとしたら、カトリーヌの顔の理由がわかる。
アルヘルム達が心配していた通り、ダランベールはカトリーヌを使ってバルクとの繋がりを持ちたいのだ。
「お茶の時間ではそれができなかったから、挽回するとしたらフォルトゥナガルテンでなにか起こすしかないと思うの」
「でも、だからと言ってアデライーデ様がフォルトゥナガルテンに向かわなくてもよろしいのではないでしょうか。その為にタクシス様達が向かわれております」
マリアの言う事は尤もだ。アルヘルム達もそれがわかっているからアデライーデをカトリーヌから遠ざけてきた。
でも、何だか嫌な胸騒ぎがする。
自分のこんな胸騒ぎは、嫌なことに大抵当たるのだ。
「何事もなければそれで良いのよ。陰でこっそりと見るだけにするわ。でもなにか起こった時に国が表に出てしまうタクシス様より、カトリーヌ様と私の姉妹同士での事ってした方が内々に済ませられると思うの。王宮よりフォルトゥナガルテンの方が人の目が少ないわ」
「ですが…」
渋るマリアをなんとか説得すると、マリアは御者に停車を指示するベルを鳴らした。
「行き先の変更を御者と護衛騎士達に伝えます。このままお待ちを」
そう言って馬車を降りたマリアは御者と護衛騎士達に目的地の変更を伝え、暫くして馬車に戻ってきた。
馬車はフォルトゥナガルテンへ進路を変え再び走り出す。と、同時に護衛隊の中から二騎、王宮と離宮に向かって、夜の闇に消えた。
アルヘルムと一足先に離宮に向かったレナードに、アデライーデの心配と馬車の行き先の変更を知らせるためだ。
フォルトゥナガルテンに着き、何も聞いてなくて戸惑っている門の鍵に扉を開けてもらい、運悪くそこにいた妖精を二人捕まえたアデライーデ達は手早く妖精用の衣装を馬車で交換し、カトリーヌの元に向かった。
庭妖精からカトリーヌがいると指さされた家の裏口から中に入り、聞き耳を立てているとカトリーヌの大きな声が耳に飛び込んできた。




