394 休憩室にて
「ふぅ…」
カトリーヌは着替えを済ませると、ソファに腰を下ろした。
帝国から連れてきた侍女達も交代で夜の外出に備え着替えや食事を取り始めたようで、今は二人程壁際に控えていた。
休憩室を見回せば、生まれ育った帝国程ではないが趣味は悪くない絵画や装飾品が置かれている。小ぶりだがクリスタルガラスのシャンデリアが煌めき、家具の趣味も良い。
この休憩室はカトリーヌの侍女をしていたマリアの助言により、カトリーヌ好みの設いを揃えさせたのだ。
ーふ…ん。お母様の離宮にはほど遠いけど、悪くはないわね。
先程の食事といい、アデライーデやテレサ王妃が纏っていたドレスも野暮ったくなかった。
二人が揃いでつけていた血赤珊瑚のアクセサリーも帝国で見たことのない艷やかな深い赤でルビーとは違った落ち着いたものだったなと、カトリーヌは先程の午餐会を思い出していた。
少し年嵩だが、凛々しい王に穏やかそうな王妃と仲よさげに話していた異腹妹は、屈託なく笑っていた。
もしかしたら、アデライーデが座っていたあの席に座り、公爵夫人ではなく一国の正妃としての地位を手にしていたかもしれない。誰にも言えない惨めな今の自分ではなくと思うと、扇を持つ手に力が入る。
「ダランベール侯爵様がご一緒にお茶をと申されておりますが、いかが致しましょう」
取り次ぎの言葉をメイドが伝えると、カトリーヌは少し眉を寄せ渋々「通して」と、応えた。
ーどうせ、子はできたかと、あの子と上手くやれって話だわ。
初夜の翌日、祝いだと言って訪れた祖父は生まれてもいない子を将来の皇后候補だとか、男だったら皇位継承は何番目になるとかの話をしていた。
エリアスとの初夜が成らず、その後も何の進展もないなど言えるはずもない。だが、エリアスの血で祖父も母も無事に初夜を済ませたと思っている。
それ以来、過剰なまでにカトリーヌの体調を伺う祖父と母にカトリーヌはうんざりしていた。
うんざりするのはアデライーデの噂もだ。バルクに嫁いでから聞こえる話はアデライーデを褒め称える噂ばかり。貴族達のアデライーデに対する褒め言葉の裏に、カトリーヌ様では成し得なかった事と言われているようで気分が悪かった。
「カトリーヌや、体調はどうかな」
祖父は入ってくるなりカトリーヌの体調を気遣った。
「大丈夫ですわ。体調に変わりはありません」
「まだ新婚の身なのだ。昨日まで長く馬車に揺られていたのだからな。少しでも気分が優れなければ遠慮なく言いなさい」
メイドに茶を淹れされると、ダランベールはメイドを下げさせお茶に口をつける。
「午餐会では上手くバルク王妃と親睦は深められたようだし、次の茶の時間でアデライーデ様と親睦を深めるのだよ」
「わかっていますわ」
カトリーヌは一言だけ返すとティカップに手を伸ばした。
ダランベールはバルクのメイドが下がっていくのを確認してから、さらにカトリーヌへバルクが国交を結ぶズューデン国との交易に一枚噛めるようにと、話しだした。
帝国が直接かの国とする交易に、ダランベールの派閥は加わっていない。ならばアデライーデからバルクに働きかけてもらわなければと、ダランベールはカトリーヌの社交力に賭けていた。
ダランベールは父の代から力を伸ばし、自分の代で娘を妃として送り込めるようになった。カトリーヌには目上の者や同位の者と渡り合える社交術の教育は十分させていると思っている。
カトリーヌの休憩室はエリアスとの続き部屋になっている。その扉からノックの音が聞こえ、エリアスが従者であるヒンケルを従えて入っていた。
「遅くなりました」
「エリアス殿、待っておりましたぞ。これからの茶の時間が、今回の訪問の正念場ですからな。期待しておりますぞ」
ダランベールは上機嫌でエリアスを出迎えた。
エリアスはカトリーヌとの婚約後、領地に隠居した実父と共に先の戦で被害を受けた家門の産業や農業の復興に力を入れ始めている。
野心だけかと思っていたが、エリアスの地に足のついた行いは将来の派閥の力になると、ダランベールはエリアスの家門の産業の復興に力を貸していた。
「外交は初めてですが、最善を尽くします」
エリアスは貴族の笑みで卒なく応えるとカトリーヌの隣に自然と座った。
ダランベールも二人の噂を耳にしていたが、小宮殿に送った使用人達からはエリアスは日々視察や家門の家との話し合いに出かけてはいるが、食事や夜会に共にでかけエリアスからカトリーヌへの日々の贈り物も欠かさないと報告があがっている。
そう日を置かず夫婦の寝室も使われているようだと聞いているので、婚約時から変わらない二人の距離感にダランベールは違和感を持たなかった。




