393 ウズラとビアンケットトリュフ
和やかに宴が進み、料理は小ぶりなエビフライとウズラのフォアグラ包みのローストと続いた。
内陸地の帝国の客人の中で、エビが苦手な客人がいればエビフライは飛ばし、ウズラのフォアグラ包みのローストだけを出すつもりであったが、客人達にエビは好評の様子だったので、料理長は予定通りエビフライにタルタルソースではなく、レモンソースとエビ味噌をたっぷりと使った濃いオレンジ色をしたクリームソースを添えた。
「ほう、これがバルク名産の海老ですか」
食べやすいように頭は飾りとして置かれたエビフライに、ダランベールが機嫌よくナイフを入れる。
「ええ、バルク特産の海老に正妃様がご考案されたたっぷりの油を使った調理方法でつくられております」ダランベールの隣の席のタクシスが微笑みながら答えた。
サクサクとした衣と甘みのあるエビ。かかっているソースはより濃いエビの旨味を出していた。白胡椒が入っているレモンソースも爽やかな酸味とぴりりとしたアクセントがあり、交互に食べると最後まで飽きずに楽しめる。
「ところで、ゲオルグ王弟殿下はご健勝であらせられるのでしょうか」
「ええ、お陰様で。本日は王の名代としてズューデン国へ正式な国交を結びに行かれております。ゲオルグ殿下も今回ご訪問を歓待できず、残念がっておりました」
嘘ではない。
ただ、訪問日をかなり早めたから今頃ゲオルグはズューデン国で前倒しの視察と言う名の市場調査を楽しんでいるはずだ。
ゲオルグは、国外に動けないアルヘルムの代わりに外交を受け持っている。まだ独り身で社交的な性格を持つゲオルグは、急激なバルクの発展のおかげであちこち飛び回り、ついには海を越えズューデン国へとその足を伸ばしていた。
ーカトリーヌとアデライーデ様を入れ替えたのは失敗だったか…。
ダランベールはエビフライを味わいながら、貴賓室で窓から入る光を柔らかく反射させるシャンデリアとクリスタルガラスのワイングラスを見ながら考えていた。
炭酸水の輸出はきっかけに過ぎない。バルクは兼ねてより研究を重ね開発していたクリスタルガラスを帝国と縁を結んだ時に効果的に発表したのだろうとダランベールは考えていた。
長い戦の間には贅沢品より鉄や馬、食料品の方が価値が高い。自分の派閥も目を向けていた周辺国も小麦や鉄の産地である。自身の人生の大半はそれらに注力し派閥の力をつけてきた。
だが、長い戦が終わり潮目が変わった。そうアデライーデのバルク降嫁を境に世は平和へと変わり、より一層華やかなもの文化的なものへと目が向けられ始めていた。
その象徴がバルクの炭酸水やクリスタルガラスだ。
ーカトリーヌが降嫁していれば、それに食い込めたかもしれぬが…。まぁ、よい。カトリーヌは公爵夫人の地位を得て、次代の皇族に食い込める道を開いた。今回アデライーデ様やエリザベート様と親睦を深められればバルクに食い込める可能性も残っている。
以前、バルクに野心があるかもと王弟との縁を軽く匂わせたが、隣の席の若い宰相はするりとかわした。
ならば、正攻法で縁を繋げばいいとダランベールは思い直していた。
すぐにクリスタルガラス製品がもたらす莫大な富は少し惜しいが、カトリーヌはまだ若い。これから子の三、四人は産むだろう。バルク王にもまだ子はできるはずだろうから、曾孫のうちの誰かをバルクに縁付けさせるのも悪くない。
ダランベールは両隣の宰相夫妻とバルクの発展を話題にし、派閥の栄華という見果てぬ夢と一緒にエビフライを平らげた。
次の皿のウズラのフォアグラ包みのローストに添えられたソースは、白ブドウ果汁を煮詰めて長い期間樽で熟成させた深いコクと甘みがあるバルサミコ酢に似たものとベリーを一緒に煮込んで作ったルビー色したソースである。
「まぁ、とても綺麗な色のソースですね。甘酸っぱくてよくウズラに合いますわ。でもこの時期のウズラにしては身もしっとりとしてクセも少なく食べやすいですわ」
「このウズラは御料牧場で育てたウズラですの」
エリザベートの好みがウズラと聞いて料理長が下ごしらえから丹念に作ったローストは、食べやすいようにと骨は取り除かれ、皮はぱりっと肉はしっとりと焼き上げられていた。
ウズラの狩猟時期は秋から冬迄だが、バルクの御料牧場で飼っているウズラは年中美味しく食べられるように特別な飼料とハーブを食べさせ育てている。
脂身が少なく割と筋肉質で淡白な味のウズラ肉だが、濃厚なフォアグラのクリーミーさと相まって素晴らしく美味しい。
そして口にいれると、ふわりとにんにくの香りがした。
「あら」
「お気づきですか。季節的には名残りとなりますが、ビアンケットトリュフを香り付けに少々入れております」
料理長は、誇らしげにエリザベートに説明をした。
ビアンケットトリュフは春のごく僅かな限られた時期にしか自生しないにんにくの香りと味をもち「春の白トリュフ」とも呼ばれている珍しいトリュフである。
今回この時期には珍しく大きなものを手に入れる事が出来たので、料理長はフォアグラとウズラの間に薄く切ったビアンケットトリュフを忍ばせた。
バルクの心づくしの午餐会は和やかなまま終わり、日が落ちて殿下達一行がフォルトゥナガルテンに向かうまでの間、しばしの休憩時間となる。
その休憩時間に、各自に用意された部屋でフォルトゥナガルテンで動きやすいような服に着替えるのだ。
その後、男女に分かれてのお茶の時間がアデライーデの今回の社交のメインイベントとなる。
アメリケーヌ・ソース
エビの殻と香味野菜を炒め、フュメ・ド・ポアソン(魚の出汁)を加えて煮詰めてから漉してからエビミソを加え、再び煮詰めて生クリームでのばし甲殻類独特の甘味とコクを引き出したオレンジ色のソース。
2019年にエリザベス女王をお迎えした宮中晩餐会のお料理を参考に、バルクならではのメニューを考えてみました!
https://topics.tbs.co.jp/article/detail/?id=2174




